2, 僕と幼馴染との距離
9月19日。大分残暑も和らいできて、時折教室の窓から入ってくる涼しい風に、季節の移り変わりを感じる。
ここは塩濱町(しおはまちょう)と呼ばれる、東京都から300キロ以上離れたところに位置する総人口4万人にも満たない小さな町。
僕は、この町の塩濱高校に通う2年生、平埜 コウタ(ひらの こうた)。
時刻は16時前、たった今帰りのホームルームが始まったところで、僕はホームルームの退屈さを紛らわすために、鞄に入っているプレゼント用にラッピングされた小袋をぼんやりと眺めていた。
「それじゃあ今日は終わり。また明日ね」
先生の話が終わり、日直の号令がかかったので、立ち上がって適当にお辞儀をする。
「今日はバイトのシフトも入ってないし、あいつに "これ" だけ渡して帰るか」
クラスメイト達がわいわいと部活の準備やら談笑をはじめた頃、僕はイスから立ち上がり、鞄に入った小袋が無事であることを確認して教室を後にした。
「あっ、コウちゃん!今日は放課後なにも無いでしょ?一緒に帰ろ!」
教室を出ると、長い黒髪に白い加密列(かみつれ)の髪飾りを身に着けた女の子、三次 エリカ(みよし えりか)が居た。
彼女は僕の幼馴染で、ひとつ年上の3年生だ。
「おう、エリカ」
「あと、学校でその呼び方はやめてくれ、恥ずかしい」
「ごめんごめん、いつもの癖で呼んじゃった」
2年生のフロアに3年生がいるのは珍しいから、他クラスの生徒の注目が一斉にこちらに集まる。
それに "あの三次エリカ" がいるんだから、近くにいた生徒は皆、当然のことながらエリカのことを見ている。
「さっさと帰ろうぜ」
多くの視線を浴びせられて居心地が悪く感じたので、僕はエリカとは一度も目を合わせずに早足で廊下を通りすぎた。
その後ろをエリカが小走りで付いてくる。
すれ違う人は僕たちのことを見て、口々に何か言っているみたいだが、それを無視して進む。
「もう、コウタ早いよー」
やっと校舎を抜けて外まで来たので後ろを振り向くと、鞄を抱えたまま不機嫌そうな表情を浮かべたエリカがいた。
「ごめん」
「もう、あたしがコウタのクラスの教室前で待ってると、いっつもズカズカ先に歩いていっちゃうんだから」
「だって、エリカと一緒に居ると色んな奴らに見られるし、前にも変な噂立てられて嫌なんだよ」
「別にいいじゃない、『ただの幼馴染です』って堂々としてればいいのよ」
「でも知らないやつは勘違いするだろ」
「へぇ~?それってどんな勘違い?」
エリカは不敵な笑みを浮かべている。
「こ、恋人と思われたり……」
「もう、コウちゃんったら照れちゃって、可愛い~♪」
エリカは右手に持っていた鞄で僕の背中を叩く。
「からかわないでよ」
校門を出てしばらく歩いていると、前を歩いていた女子3人組が話しかけてきた。
「あの、三次先輩!この間の学級委員会のときは、私の案を支持してくれてありがとうございました!」
「あ、あなたはB組の前田さんね。いいのよ、私はあなたの意見が良いと思ったから推薦したんだから」
「ありがとうございます!」
前田さんと話すエリカはさっきまで僕と話していたときのガサツな感じとは違い、むしろ気品すら感じられるほどの立ち振る舞いだ。
女子3人組は楽しそうにエリカと話している。
女子達は制服のリボンの色からして僕の同級生のようだが、僕は全然知らない子達だ。
多分、向こうも僕のことなんて知らないだろうな。
「そういえば、先輩って進路どうするんですか?」
「ええと、そうね、実はまだ決まってないのよ」
「意外です!先輩ならもうとっくに決めてると思ってました」
「たしかに~」
「意外です!」
もはや、僕が存在しないのではないかと疑うほどに、女子3人組はエリカとの会話に夢中になっており、僕は完全に蚊帳の外だった。
「それでは、また学級委員会で!」
「「さようなら~」」
話が終わったようで、3人組は駆け足で帰っていった。
「ええ、さようなら」
エリカはひらひらと手を振って3人を見送った。
「三次先輩、マジで美人だったね!」
「綺麗過ぎて緊張してやばかった」
「ご利益ありそ~」
まだ僕らが聞こえるくらいの距離で、女子3人組はエリカに抱いた感想を話していた。
三次 エリカ。
彼女は頭脳明晰・容姿端麗・スポーツ万能の三拍子が揃った完璧超人である。
県内でも上位校である塩濱高校で成績は常に学年トップで、学校行事にも積極的に関わり、その立ち振る舞いも完璧。
もはや、この学校でエリカのことを知らない人間はいないと言っても過言ではない。
更には、最近地元のファッション誌なんかにも掲載されているらしく、その知名度は校内のみならず、塩浜町の全体まで広がっていると言っても嘘にはならないだろう。
そんな完璧な彼女に比べて、僕はこれといった取柄もなく、誰からも知られていない平凡な人間。
「エリカはどうしてわざわざ僕と帰るんだ?他に一緒に帰る友達だっているだろ」
「だって、あたしって学校だと真面目な感じでしょ?」
「それ自分で言うんだ」
「まあ、そこは置いといて」
「だから、他の子と一緒だとお互いに気を使っちゃうじゃない?」
「なるほどね」
「それで、僕だと気を使わなくて済むと?」
「そういうこと!」
「あっ、もしかして迷惑だった?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「ならよかった」
「本当に他に理由なんてないよ、ただ家が近いから一緒に帰った方が最後まで話し相手が居なくならなくていいかなって」
「そうなんだ」
「あと、コウタが学校で浮いてて友達居ないみたいだから、あたしが手助けしてあげてるの!」
「それは余計だ」
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