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「あ、そうだ、」
不意に、寿司桶から顔を上げた。
「あのチビちゃんたちは、大丈夫だから」
「え? チビ、」
「天くん、心配してるかな、て」
「チビ、」
「あら、昼間の、黒船のチビきょうだいちゃんよ」
あ、あの、
「ママとパパを海に落としちゃった」
「は? え? ぁいっつ!」
「きゃぁ! 天くん!」
思わず手元が滑って指を切るけど、それどころじゃない。
は? は? いまなんて? ユリさん、なんて?
「どうせパパが仕向けたんでしょ、困ったわよね」
いつものことなのよ、て、ユリさんは茶箪笥の引きだしから絆創膏を探している。
「や、あの、あの、なんで、」
つか、ユリさん、お見通しなんじゃん! なんなんだよあの、いったら殺る、みたいな釘の刺し方!
「パパ、ああゆう親御さんを見るとこわくなっちゃうみたいで、」
「こわい、」
「じぶんの親御さんと重なって、」
「パパの、」
『忘れただけだ』
パパの、声色を思いだす。
こわい、こわい?
叱られるのがこわい、ぶたれるのがこわい、なじられるのがこわい、…いや、違うな、親がこわいんじゃない。
「パパはまだ、お母さんの呪いのなかにいて、」
もっと深い、
「お母さんを刺してしまったのはもうとっくのむかしなのに、」
刺した、なんてユリさんの口からでてくるのが、ひどくチグハグだ。
「まだじぶんを、責めてるの。親を捨てたじぶんは悪い子だって、責めてるの」
ふりきりたくて繰り返すけど、ふりきれない。
「あったあった、はいこれ。ほんとうは、」
て、ユリさんが絆創膏を手にオレの向かいに座る。
「ぎりぎりまでお母さんを支えつづけた、優しくて強い男の子、なのに、」
絆創膏をオレの指に巻いてくれるユリさんの表情は慈愛に満ちている。その目はきっとずっとむかしを見ている。
「それをわたしは知ってるから、」
はい! 痛いのとんでけ! て、指先があたたかい。
「波がぜんぶ洗い流してくれるまで、待ってようと思う」
肩をすくめるユリさんが笑う。
「三十年は、きっとかかるでしょ?」
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