3

 *


 ユリさんと並んで流し台に立つ。


 オレがすすいだ皿を、ユリさんが拭いてテーブルに重ねてゆく。


 カチャカチャ くすぐったい皿の音と、古いエアコンのポンコツな機械音が心地よい。


 「手ェだすなよ」

 オレに釘を刺して、パパは二度目の風呂へ雪に拉致られていった。ユリさんが心配でも雪には逆らえないらしい。

 オレがオトナノオトコならはなしは別なんだろうけど。パパにとってオレはまだその程度だ。


 そのくらい、パパの背中は広いしユリさんの懐も広い。


 *


 きょうの夕飯は、

 「きょう、タカシくん、がんばりすぎたから、」

 て、波に酔ったオレの代わりにユリさんが鍋をしてくれた。


 鍋なんてはじめてだった。

 テレビCMの世界だけだと思っていた、そんな、絵に描いたみたいなしあわせ、は。


 白菜となんかとなんかと、鶏肉ダンゴの、ミルク鍋。

 ふわふわ暖かい湯気といいにおいを、四人で囲む。


 ママが取りわけるのを従順に待つパパと、「おいしぃ」をくり返す雪と、うれしそうに笑うママと、腹がいっぱいになる以上の夕飯も。


 野菜も肉も、最後の雑炊とうどんまで、雪はびっくりな勢いでよく食べてご満悦だ。


 腹ごなしに謎の小躍りを披露すると、(カイトが泊まって以来、思いきり楽しかった日の〆イベントにしているらしい)おやすみまえのお風呂、に、パパを連行していった。


 「ユキちゃん、たくさん食べたしたくさん運動? してるし、安心だね」

 ユリさんも満足そうだ。

 「お兄ちゃん、がんばってるからね」

 「あ〜…」


 残念なことに、オレは兄貴らしいことをなにもできていない。


 梅ちゃんや担任、パパ、ママ、ノラ子だったりカイトだったり…きょうだって、デザートのお汁粉はオノロアサーフのおかぁさんが持たせてくれた。


 「お兄ちゃん、がんばってるから、」


 ユリさんに二度いわれて、頭をかく。そんなふうにいわれたことがないから、どうしたらいいのかわからない。


 「波乗りは、楽しい?」

 「それは、はい」

 「そっか、なら、よかった」

 「はい、」

 波乗りは、楽しかった。


 麻薬。


 『波乗りは麻薬だ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る