3
*
「お刺身、」
「おさしみ、」
「生姜焼き、」
「しょうがやき、」
「唐揚げは?」
「あげ、あげるん、すか?」
「お野菜もね、」
「おやさい、」
「ぽきー! ぽきー!」
「ぽっきー、」
ユリさんはポンポンと、オレのカートに肉やら魚やらイモやらニンジンやらを放り込んでゆく。
「え、なんすかそれ」
「イルカ」
「…それはむり、す」
「じゃぁ、ブタ?」
「…す」
ミラクル静岡…。
奇跡的に無傷で到着したイオン下田店は、
「すげぇや…」
「ふぁあ、」
オレの知ってるスーパーとは、かけ離れていた。雪もだろう、オレのスウェットのはしをしっかり掴んでいるかわいいな。
でかい、二階建て、焼きたてパン!
精肉、鮮魚コーナーも、惣菜コーナーも店んなかにキッチンがついている。ガラスの向こうで切ったりあげたり焼いたりしてる。
アパート最寄りのマ●バスとは違いすぎる。
なにを見てもうまそうだ。
パンもドーナツも。
寿司もコロッケも唐揚げも玉子焼きも。
「ぽきー、あ、ああぁ…♪」
「餃子だよ、雪、」
雪も、真ん丸の目を輝かせてよだれをたらしている。
「うまそう…」
餃子に手を伸ばそうとして、
「あぁ♪」
ガサガサ
「雪? ゆき!」
なんと、先にのびた雪のチビっちい手が、となり、唐揚げのパックを捉えていた。
特殊パンチで閉じられたパックを、止めるまもなく、どっからだした? て、力でこじ開けると中身を鷲掴みして、
「ゆ、」
口に押し込んだのだ。
「ももぉ〜♪(あぁぁ〜♪)」
「ゆ、ゆきっ!」
「あらぁ、お腹すいただら」
「豪快じゃんねぇ」
ばぁちゃんたちが微笑ましいみたいに笑ってるけど、立派な万引きだよさすがはオレの弟だ。
「ゆ、ゆきっ、どうしよ、すんません、」
「あ、ぁ〜♪」
「お金払えば大丈夫よ!」
「ユリさんっ!」
「大丈夫ですか? お客さま、あらまぁあらまぁ、」
駆けつけた店員さんの、この子はろくなものを食べさせてもらえてなかったのかしら、なんてかわいそう! みたいな目に、いたたまれなくなって俯いた。
*
しきりなおし。
「うまそう、」
雪はパパとお菓子コーナーに追いだし、改めてぷりぷりの玉子焼きに手を伸ばそうとして、
パシッ
「いた、」
ユリさんに手を叩かれる。
「できあいのお惣菜じゃ意味ないじゃない!」
「あ、だけど、」
「ほらほら、パスタ? パン? お米はゲストハウスにあるから、」
「あ、だけど…」
いいぶんなんて、聞いてもらえない。
「お肉なんて焼けばいいじゃない」
「はぁ、」
「お刺身なんて並べればいいじゃない」
「はぁ、」
「野菜なんて切ってお鍋に入れればいいわよ、決めた、きょうはカレー!」
「はぁ、」
仕方ない、ここは禁断の包丁を…、いや、やっぱり梅ちゃんにまずはなしてみるか? パパは…、
「あの、パパさんは…パパさんの得意料理、て、」
すげぇゴツい肉てか、焼いてそうだ。おとこの料理は包丁なんか使わない、とか、ないか?
お菓子コーナーにかがんで雪とポッキーを選んでいるパパのデカい背中だけが棚の隙間から見えている。
どうしたってお菓子ってガラじゃない。こどもの国に不法侵入したガリバーみたいになっている。
「パパは、お料理禁止なの」
「きんし!」
向きなおると、ユリさんはやっぱり得意げだった。
「わたしがつくるから」
「…すか、」(惚気だった)
「パパはね、」
そして、愉快そうに…いや、愉快そうなふりで…肩を揺らす。
「包丁を持つと、人を刺しちゃうの」
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