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 「あら! あらあらあらぁ!」


 「おはよう、ございます…」

 「おあああああぁ!」


 店の奥、居間から、ニット帽にダウン姿の雪だるまみたいなおばちゃんが転がりでてきた。


 雪の、もこもこ手袋の手をうれしそうに握りしめて、すごいうれしそうだ。


 「よくきたねぇ、あんたが、タカシくんかい!」


 *


 バス通りから多々戸海岸に降りる途中、一軒だけあるサーフショップ『オノロアサーフ』は、すっごく小さなお店だった。


 きのう、前を通って海岸にパパを迎えにいったはずなのにまったくその存在に気づかなかった。

 「あの時間はもうしまってたらね」て、ユリさんは納得していたけどそれだけじゃないだろう。


 古い小さな民家の、表側だけをお店にした感じだ。


 恐る恐るなかを覗くと、服やら水着やらなにか知らないものやらが積まれてて、文字通り足のおき場がない。

 奥に古いレジと、そのよこにだれか、サイン入りのポスター(選手か?)が貼ってあってそれだけが、店に不釣り合いに新しい。


 ちょっと…いやだいぶ、想像してた『サーフショップ』と違う。


 ピロピロピロン ピロピロピロン


 て、なんか酒屋に入ったときみたいな客を知らせるベルが鳴っている。


 そしてでてきたのは、雪だるまのおばちゃんだ。


 水着の(冬だけど)おねぇちゃんでも、マッチョのおにいちゃんでも、なかった。


 *


 「あの、」

 「あらぁ、ずいぶん小さいねぇ、高校生て、きいてただら」

 「あの、」

 「ユチチャン!」

 「あらぁ、ユキちゃん、だったかね。タカシくんて聴いた気がしたけどね」

 「あの、」

 「ぶっぶぅ!」

 「あらあらぁ」

 「あの、」

 「ちょっとまってね、子ども用の板があったかねぇ、ウェットスーツはスクール用があるから、」

 「あの、」


 おばちゃんはぶつぶついいながら店の奥に引っ込んでしまった。


 引っ込みながら、

 「ユキちゃん、上がったらおしるこ食べてくじゃんねぇ!」

 声が飛んでくる。

 「あぁ! ねぇ!」

 どうしよう、すっげぇ、うれしそうだ…しかも雪がだんだん伊豆ことばになってきてる…


 波乗りすんのはタカシくんで、タカシくんはオレです、なんて、いいだせなかった。

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