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 *


 「あの、お、じゃま、します」


 二階廊下のつきあたり、

 『スタッフオンリー』

 の戸を恐る恐る叩く。


 「……、」

 返事はない。


 『パパ、先に入ってるから、お風呂一緒に入っちゃって? あ、大丈夫! ふたりくらいなら狭くないと思う!』


 ユリさんにいわれてきたはいいけど、…初対面の挨拶が風呂とかハードル高い。


 しかも、それが、


 そっと、戸を引く。

 否応なしにギギ、て、軋んだ音を立てるから心臓が跳ねる。


 *


 「くじらさん! パパ! きゃぁ! くじらさん! 手、手、どうしたんですか!」


 ユリさんが、車を降りてきたオトコの手から無造作に滴る血にびっくりしているけど、


 「パパ、え? パパ⁉︎」


 若い。まだ、


 「わたしの五つ上。五つしか違わないのに、パパはすっごくオトナノオトコなの!」


 だよな⁉︎

 パパ、て、旦那さんのことかよ!


 いやいや、たまにパパママで呼び合う夫婦もいるけど! お子さんもペットもいないじゃん⁉︎ いないよね?


 「ぱぱぁ!」

 雪がさっそくパパに突進してゆく。ガキにこわいものはない。たぶん、パパが『パパ』だと思って疑ってない。


 「ぱぱぁ! ままぁ!」

 ついでに『ママ』も雪のなかではすでにすり替わっている。

 そりゃあんな寒空に放りだしてくるようなやつよりユリさんのほうが、がぜんいい。


 パパが軽々雪を抱き上げる。雪はオレよりぐんと高くなった目線に大はしゃぎだ。


 「あ、あの、雨飾、天、です…梅沢先生の…、」

 オレはもうオトナだから、こわいもんはこわい。

 「その、お世話に…なります、」


 パパは野犬みたいな鋭い目をわずかに細めてオレを一瞥すると、なにもいわずに庭へまわっていった。


 あ、このひと、ヤバいひとだ。


 若干十七年の経験と直感が告げる。ワルイオトナ、だ。


 名前か愛称か『くじらさん』と呼ばれたパパはたしかに長身だった。ゆうに一八〇を超える。

 だけどたぶん、『くじら』じゃない。

 アパートのまわりをうろついていたでかい野犬の、引き締まった筋肉質な身体に不穏な攻撃性を隠した、それとおなじだ。


 「パパわね、寡黙なの」

 「え?」

 ハッ、と、意識を引き戻される。ふりむくと、ユリさんがうれしそうに照れていた。


 「かっこいいでしょ?」

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