Queen Bee
「茜音、最近ちょっと調子乗ってない?」
放課後の教室に、茉莉の声が響く。その言葉を皮切りにして、いくつか声が上がった。
「わかる〜、付き合い悪いし。」
「男でも出来たんじゃない?」
「男好きだしありえるかも。」
「マジ?それで友達付き合いを蔑ろにするとか最低すぎでしょ。」
メグ、花凜、カナちんがそれぞれ茉莉の後に続いて、茜音の悪口を呟いた。「男好きだしありえるかも。」は、私の発言だった。
「あー、みんなも思ってたんだ。じゃあさ、
もう茜音と仲良くする必要なくない?」
茉莉様お決まりの文句だ。"もう仲良くする必要が無い。" 初めてこの言葉を聞いた時は友達をなんだと思っているんだ、とショックを受けたものだが、今ではもうこの言葉が呪文のようにしか聞こえなかった。女王である茉莉の指示で、次のターゲットが決まる。唱えられた本人はその瞬間から透明人間になってしまう呪文。
「そうそう、仲良くする必要ないって。」
「賛成〜!」
「調子乗ってるのが悪いよね。」
「お灸を据えないとね。」
本当はきっと、ここにいる茉莉以外の人間は、そんなこと微塵も思っていないのだ。でも、茉莉が呪文を唱えたら私達はそれに従わなければいけない。
教室の窓の外から差し込んでくる蝉の鳴き声までもが、茉莉の言葉に賛同しているように聞こえた。
私達は中学2年生。そしてここは茉莉王国、もとい教室の中心。茉莉王国、は私がこっそり心の中で呼んでいるこの教室の呼称だ。私達は所謂『クラスの中心人物』。女子校に通う者にとって、女友達との絆は絶対的なもの。茉莉を中心として、メグ、花凛、カナちん、私、そして今ここにはいない茜音が私達仲良しグループのメンバーだ。あーあ、仲良しメンバーなんて笑わせるな。くそったれ。
茜音の悪口大会も程々に、私達は放課後の教室を後にした。その日は結局、『明日からは茜音を無視する』という決定が下ったのだった。まったく来年には高校受験だっていうのに、私達は一体何をしているんだろう。
茉莉の支配は2年生に上がってから始まった。元々負けん気が強く強引なところがある茉莉に私達は押され気味であったため、彼女の独裁的な統治に反抗する者は誰もいなかった。
茉莉が変わってしまったのは、彼女の父親の死がキッカケだと私は睨んでいる。私も詳しいことはよく知らないが、多額の借金を遺して家で首を吊ったらしい。父親の自殺を発見したのも茉莉だそうだ。それからというもの、彼女は自分の心の後ろめたい部分を武装するように、言動が尖っていってしまったのだった。私と茉莉は小学校の頃からの付き合いだったから、正直、彼女の変貌ぶりは見るに堪えなかった。
次の日の朝、教室に入ると既に花凛、カナちん、茜音、そして茉莉が教室の真ん中で何やら話をしていた。メグはまだ来ていないようだった。毎朝、既にできているこの和の中に入る時が1番緊張する。もしかして今度のターゲットは私で、空気になる呪文が掛けられているかもしれないから。
「お、おはよう、みんな」
「あ、ゆうきも来た!じゃあ会議開始!」
私の不安も杞憂に済んでいたようで、茉莉は快く私を和の中に入れた。
「ゆうきも聞いて。昨日の話は無し!今日からはメグを無視する。いい?」
あー、
「わ、わかった。」
女王の気まぐれなのだろう。当たり前のように昨日悪口を言われていた茜音は会議に加えられていて、メグにターゲットが変更されたのだった。
そしてあっという間に場はメグの悪口大会となった。
メグはその日、朝私達に一言挨拶をしたきり、話しかけてくることはなかった。彼女の挨拶を私達が無視したことで、ターゲットが自分に変更されたことを察したのだろう。当然一日中顔色が悪くて心配になったが、もうメグに話しかけることは決して許されない。休み時間、メグが机に顔を伏せて寝たフリをしていた。見ているのがあまりに心苦しかった。こうしたのは私達だ。それに、私はカナちんも顔色が悪いのが気になった。メグとカナちんは特別仲が良かったから、仕方がない。
神様教えて、私達は茉莉の機嫌をとるために、次は誰を嫌いになればいい?
放課後毎日開催される教室女子会に、その日参加したのは茉莉、茜音、私の3人だけだった。人数が少ないのもあって私達は30分ほどで解散した。
3人で下校中、茜音は道を別れ、私と茉莉のふたりきりになってしまった。2人でいつもの帰り道を歩く。こんな状況、いつぶりだろうか。なんだか気まずい。背中にじっとりと汗が滲む。沈黙に耐えかねて先に口を開いたのは私だった。
「それにしてもメグ、今日1日顔色が悪かったね。ざまあみろって感じ。」
私は明るくおどけて言ったが、茉莉は何も言わなかった。代わりに震える声でこう言った。
「私、捕まっちゃうのかな?」
は?
茉莉は何を言い出したのかと思うと、昨日の女子会の後の帰りに起きたことをつらつらと話し始めた。
「昨日、私、茜音の親が経営してるらしいコンビニで万引きしちゃったの。そ、そんなの知らなかったんだもん。ゆうきはパパが死んだせいでうちが貧乏なのは知ってるよね?」
「う、うん。」
「それで、万引きしてるとこ、茜音に見つかっちゃって。脅されたの、私。黙っててほしかったら言う通りにしろって。それで、それで」
付き合いの長い私でも、茉莉がこんなに動揺しているのを見るのは初めてだった。
「ねえ、私どうすればいいのかな?」
どうすればいいも何も決まっているじゃないか。
「茜音の言う通りにすればいいんじゃない。」
茉莉の顔はみるみるうちに青ざめていった。そんなことはプライドが許さないけど、もうどうしようもないと言った顔だった。それ見たことか。つまり、茉莉の女王体制はもう終わりだってこと。
正直、気味が良かった。茉莉のあの酷く動揺する姿、焦り顔、みんなにも見せてやりたかった。
次の日の朝、教室に入ると既に花凛、カナちん、茜音が集まっていた。茉莉はまだ来ていなかった。そしてどういうわけか、昨日透明人間にされたはずのメグが和の中に加わっていた。
ああ、そういうことか。私は察した。
「ゆうきも来たね。じゃあ、会議を始めようか。」
茜音が淡々と告げる。
「茉莉のことなんだけど、今日から無視ね。もう仲良くする必要ないから。」
茉莉の女王体制は終わったんじゃない。女王が茜音にすげ替わったんだ。
これからは茜音様の言うがまま、茉莉を無視すればいい。
「みんなおはよう!」
茉莉が普段通りに私達に挨拶をかけてくる。私達は茜音の命令通り、それを無視した。
「……え?」
茉莉は顔を青ざめて、その場で卒倒した。ショックに耐えられなかったのだろう。
担架で保健室に運ばれた茉莉はそのまま早退した。
それきり、茉莉が学校に来ることはなかった。
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