欲求

 私は所謂、援助交際している。

 気持ちいいことが好きなわけでも、お金が欲しいわけでもない。私はただ端的に言うと、愛情が欲しかった。客の男性達はみんな、私が体を渡すのと引き換えにたくさんのラブコールをくれる。抱きしめてくれる。1年前、高校1年生の夏に覚えたこの承認欲求の満たし方は、現在高校2年生の夏に至るまで週に2度程のペースで続いている。

 セックスという行為そのものは、私にとってただただ苦痛だった。快楽なんて微塵も感じたことがない、ただ挿入時に下腹部と膣に感じる痛み。客のくれる愛の言葉で私は蕩け、その痛みを紛らわせる。


「おじさんの、いれてほしいな。」

 私が欲しいのはその随分といきり立った男性器ではなく、愛情だけだと言うのに。

「ナ、ナナちゃんは本当にエッチな子だね。あ、焦らなくても今すぐにいれてあげるからね。」

 私はエッチな子なんかじゃない。男の気分に合わせてエッチなことを言うのが得意なだけ。

「ん、おじさん...。」

 痛い

「好き、好き、好きだよ。大好き!」

 ああ

「愛してるよナナちゃん!出すよ!」

 欲しかったものはこれだ。

 客のおじさんは私を強く抱き締めながら、ゴムの中に果てた。それと同時に、私の心も満たされるのだ。

「おじさん、気持ちよかった?」

「ん...ああ、気持ちよかったよ。」

 セックスの後の男は嫌いだ。賢者タイムと呼ぶらしい状態に陥った男は、私と目も合わせてくれない。まるで私が穢らわしい化け物かのように、そそくさと男達はホテルを出る。その扱いに私はまた傷つき、愛情に飢える。そしてまた援助交際をする。こうして私はまたセックスにハマっていく。




「ただいま」

「ハナ!何度も電話かけたのになんで出ないのよ!」

 午後9時頃、帰宅した私は早々ママの怒号とビンタを御見舞された。

「ママは大変だったのよ、過呼吸が止まらなくて死んじゃうかと思った!」

 着信は確かに鬼のように来ていた。無視して援助交際に勤しんでいた私も確かに悪かったと思う。でも、母親のヒステリックな鬼着信は出たら出たでろくな目に遭わないことを私は知っている。

「ママが死んだらハナのせいなんだからね!」

 これがママの口癖だ。


 ママの咆哮をいなし、シャワーを浴びた私は日付が変わると同時に自分の部屋へと逃げ込んだ。ママの泣き喚く声が聞こえてくる。いいんだ、どうせ私に構ってもらえないと分かったらあの人は男に電話を掛けて、会いに行くんだから。ママも結局、私じゃなくてもいいんだから。

 ベッドへ潜り込んで携帯を開く。出会い系アプリを立ち上げて適当な投稿をし、新規の"客"を募集する。ここ伊豆のド田舎でも愛や女体に飢える男はごまんといて、初めての援助交際から今に至るまで客に不自由したことは無かった。アプリの特性上年齢を19歳だと偽って登録しているが、連絡先を交換して「実は現役の女子高生だ」ということを明かすと男達はこれまで以上に食いついてくる。ハッキリ言って、狂ってる。

「あ、新規のDMが来てる...。」

『僕とセックスしてください。お願いします。』

 そのメールは特殊だった。普段来る新規のDMって大体、可愛いね、とかどこ住み?とか、金で体を買う者の分際でまず口説こうとしてくるものだ。でもそのメールは私とのセックスを乞うその2文だけ。本人のアイコンもプロフィール文も何も登録されていない。年齢が20歳、熱海市在住とだけ書いてある。少し不気味に感じたけど、その不気味さが何となく気になって私は

『いいですよ♡明日の午後7時、熱海駅で待ち合わせでどうですか?』

 と返した。するとすぐ

『本当にありがとうございます。お願いします。』

 とだけ返ってきた。


 次の日午後7時、私は熱海駅の前で男を待った。私の身なりは伝えてある。でも、7時を過ぎても男は一向に現れなかった。

 やっぱりイタズラだったのかな、と諦めて違う客に連絡を入れようとした時、後ろからグイッと強い力で肩を引っ張られた。私は小さい悲鳴をあげて後ろを振り返った。


「え、江本?」


 そこにいたのは20歳にはとても見えない、私もよく知る、17歳の少年がいた。

「ぼぼぼぼ、僕と、セ、セ、セックスしてください。」

「は、はぁ?私だよ、同じクラスの白瀬ハナ。ちょっと、どういうつもり?」

 まずい。江本に援助交際がバレたのもまずいが、この状況が誰かに見られていたら困る。周囲を見回すと、植え込みの影にクラスの男子らがニヤつきながらこっちの様子を伺っているのが見えた。

 ああ、そういうことか。私は使われたんだ。イジメの道具に。

 江本はクラスの男子の間でいじめられている。気が弱くて体が小さいから、たったそれだけの理由。多感な時期の高校生がイジメをするには十分すぎる理由だった。イジメに関与するのは面倒だったし、私はこれでもクラスで品行方正な女子グループに所属していたから、江本と話したこともろくに無い。江本に関しては、男子らにいじめられてること、たまにチラチラ女子達の方見てきてキモかったことしか印象にない。

 江本が私に援助交際を持ちかけてきたのも、どこからが私が出会い系アプリで援助交際をしていることを知った男子が、江本に「セックスしてください」と頼ませるように唆したのだろう。ああ、腹立つ。いいよ、やってやろうじゃん。

「着いてきなよ、お金は持ってきたでしょうね?」

「あ、あ、ああ!ある、あるから、お、お願いします。」

 私が断った暁には江本はただ男子らに童貞と罵られ、ボコボコにされてしまうのだろう。どうせクラスの男子らも大半は童貞のくせに。童貞が童貞を貶すのは滑稽だなと思った。

 私は江本を連れ、隠れた振りをしているクラスの男子らを睨みつけながらホテルへ向かった。


「あ、ありがとう、こんなことしてごめんなさい。」

 ホテルの部屋に入るなり、江本は私に謝ってきた。

「セ、セ、セ、セックスなんて、しなくていいから、ちょっと時間をここで潰させてほしいんです。」

 なるほどね、江本も結局セックスしたいんだろうと思ってたけど、割と紳士なとこあんじゃん。さしずめ私らがホテルを出て別れたら、江本は待ち伏せしていた男子らに捕まって感想などを根掘り葉掘り聞かれるのだろう。

 ベッドに座ってじっと一点を見つめる江本がなんだか無性に気の毒に思えてきた。まあそりゃ、いじめられているんだから可哀想に違いないんだけど、なんだか捨てられた子猫を見ているような気持ちになった。

 江本に私が出来ることってなんだろうな。

「江本。」

「は、は、はい。」

 江本は酷く吃った返事をしてこちらをちらりと一瞥した。私は江本のアレが膨らんでいることに気づいた。

「セックス、しよっか。」

「は、は、は、はい?」

 江本はさっきより吃って返事をした。顔が真っ赤になっている。可愛いとこあるな。私はニコリと笑いながらおもむろに服を脱ぎ始めた。

「ちちちち、ち、ちょっと!なにしてるんですか、ダメだよ!」

 江本はベッドの上を後ずさった。背丈も私と同じくらいしかない江本。私は先程より江本のソレが膨張していることを確認して、江本の上に覆い被さった。

「江本、あんたほんとに可哀想だよ。」

 江本のズボンを脱がせると、江本は抵抗をやめて、グズグズ「ダメだよ、そんなことしちゃダメだよ」と呟いていた。

 江本のソレは体の大きさに対しては決して小さくは無いものの、何せ体がとても小さいので、最高潮に膨らんだとしても私の人差し指程しかなかった。

 私も下着を脱いで、江本のソレを自分の中に押し込んだ。

 違和感があった。

 痛くなかったのだ。

 今までいれたどの男性器よりも、悲しいことに江本のソレはあまりに小さかったからだと思う。

「し、白瀬さん、ダメだよ、こういうのは好きな人とするんですよ。」

「とか言って全然抵抗しないじゃん。私のこと好きなの?」

「そ、それは...。」

 図星だったようだ。元々赤く染っていた江本の顔が耳まで真っ赤になった。それを見た時、私は今までの援助交際で得た中で最も強い幸福を感じた。ああ、江本、私のこと好きなんだ。江本が、私のこと好きなんておかしいよいじめられてるのにさ、ほんとに弁えてほしいよね。

 そこからの記憶はあまりない。私はとにかく江本の上で激しく腰を動かした。江本は数分足らずで、ゴムもしてないのに私の中で果てた。

「白瀬さん、好き。」

 江本は果てる時、はっきり私に抱きしめられながらそう言った。


「白瀬さん、こ、こういうのは本当に好きな人とするべきですよ。」

 江本は自分の精液で汚れたソレをティッシュで拭いながら、改めてそう言った。

「私が江本のこと好きって言ったらよかったの?」

 私もスカートのプリーツを整えながら、そう返した。

「そういうことになるけど、でも君は僕のこと好きじゃない。だからダメなんですよ。」

 なんでそう決めつけるんだろう。私の気持ちなんて江本は何も知らないじゃん。私は私を愛してくれる人が好き。

「私は江本のこと好きだよ、好きになった。」

「ダメなんです、僕は。」

 江本は明らかな賢者タイムに陥っていたけど、私の目をしっかりと見てくれた。穢らわしい化け物のような扱いをしなかった。

「白瀬さんは、もっと自分を大切にするべきですよ。」


「江本、抱きしめて。」

 部屋を出る時、入口で私は江本にそう言った。

 江本は一瞬固まり、たどたどしい手つきで私を抱きしめてくれた。なんでか分からないけど目頭が熱くなり、涙が溢れてきた。これだ、私が欲しかったものは。


 次の日の放課後、私は教室で1人で当番日誌を書いていた。1時間自習室で勉強した後に教室に戻り日誌を書いていたので、教室には誰もいなかった。

 今日の体育はバレーをやりました、とか、歴史の授業はみんな眠そうにしていました、とかそういう今日の出来事を当たり障りなく日誌に書く、それが日直の仕事だ。

 あと1行、なにか書くことないかな。

 そう思案に耽っていると教室後ろの扉が開く音がした。

 江本がいた。

 ボロボロの江本がいた。

「白瀬さん。」

「何、あんたまたボコボコにされたわけ?」

 江本はニッと笑って頷いた。いじめられてボロボロになってる奴が何を笑ってるんだと思うと、おかしくて私も笑った


「白瀬さん、好きです。」


 私の表情が綻んだのを確認した江本は間髪入れずにそう言った。

「付き合ってください。」

「...無理だよ、江本は。私にとって客なんだから。」

 そうだ、あの時感じた幸福なんて結局体の関係ありきのものなんだ。江本だって別に、私じゃなくていいんだ。ママと同じ。

「僕は白瀬さんが好きです。」

 江本は吃らなかった。いつもキョドってるくせに、ここぞとばかりに私の目をしっかり見据えて、何度も何度も好きです、と繰り返した。

「白瀬さんがいいんです、僕は白瀬さんじゃないとダメなんです。」

 涙が出た。

 欲しかった言葉がその一言に詰まっていた。

 熱いものが溢れ出るような気持ちになった。

 白瀬さんがいい、白瀬さんじゃないとダメ。私はずっと誰かにこういって欲しかったんだ。客だって、私じゃなくても他に援助交際をしている女の子なんていくらでもいる。本当に私のことを必要としてくれる人なんていないと思ってた。すぐ近くにいた。江本。

「江本、好きだよ。」

 日誌の最後にはこう書いた。

『今日は、とても良い一日でした。』

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