13-CHAPTER2

 ルーに手を振って、ふたりは雑木林の中を進んだ。教えてもらった雑木林は思ったよりも広く、良く茂っていた。

「此処ならたくさんの素材が手に入りそうです」

 ミルフィは張り切っている。そうだなあ、とヴァルダスは辺りを見回した。

「ミル、俺はどのようなものが材料になるか分からないから指示してくれ、それを採ろう」

 分かりました、とミルフィもきょろきょろした。ああ、あの花は必要です、あの草もあると助かります、と伝えるミルフィの言うがまま、ヴァルダスは採集した。事前にシャンに借りていたかごが役に立った。


 そうして進んでゆくと少し暗い道に出て、ヴァルダスは見上げた。枝がわしわしと重なっており、あまり陽が届かないようだ。

「此処の木は苔むして、しっとりしていますね」

 ミルフィはそう言って、太くて大きな一本の木の幹に手を添えた。辺りはひんやりとし、空気すら水気を多く含んでいる気がする。

「ふむ、そのようだな」

 と言って、ヴァルダスがミルフィの後ろからその幹を覗き込んだときだった。


 上からぱしぱしと音を立てて何かが降ってきた。ヴァルダスがミルフィの肩に落ちたそれを見ると、それは小さい甲殻虫だった。何匹もいる。前足を高く掲げて、威嚇しているものもいた。

 ミルフィが気付く前に、と慌ててヴァルダスがそれを肩から払おうとしたときだった。

「ん、何か肩に」

 ミルフィの視線が肩に向かいそうになって、ヴァルダスはミルフィがそれを見る前にばばっと払い、木の幹に両手をばん! と付いて自分の体重を乗せた。それによりヴァルダスが持っていたかごはひっくり返ってしまった。

 振り返ったミルフィはヴァルダスの腕の中に入ってしまい、突然のことに顔を上げ、頬を赤くした。

「どうしたのですか、ヴァルさん」

 ヴァルダスはミルフィの言葉を聴きながら、目だけで辺りを見た。虫は今のところ目立つものは確認出来ない。とりあえずは肩に落ちて来たあれだけのようだ。

 ヴァルダスは安心して、ミルフィを見下ろし、慌てて姿勢を正した。

「すまぬ、何でもないのだ」

 

 此処は雑木林だ。虫がいて当然だろう。うっかりしていた。辺りが暗いので、今後虫がいたとしても、分かりづらいだろう。

 ヴァルダスは最初からにおいを出す虫に今のところ出会ったことはない。

 何とか音で探るか。しかしこの広さでいちいちそのようなことをしていては、それも効率的でない気がする。

 かごに手を伸ばし、落としてしまった植物を拾い上げながらヴァルダスはううん、と悩んだ。

 よし。

「ミル、此処は暗く足元が悪いから、一度戻ることにしよう」

 ミルフィに声を掛けると、うずくまっている。

「どうした、腹でも痛いのか」

 慌てて駆け寄ると、ミルフィは地面をじっと見ている。その視線の先には幾つかのキノコが生えていた。

「ヴァルさん、わたしこれ、お薬に使えると思うんです」

 ミルフィの言葉にヴァルダスは怪訝そうな顔をした。

「何故そう思うのだ」

「そのキノコが、口にして良いものか分からないし」

「たいていそのような謎のキノコは毒を持っていると決まっているのだよ」

「そんなこと分からないですよ」

「良いお薬が出来るかも知れませんし」

「それにこのようなキノコがお薬になると、普段使っている手帳に書いてあります」

 ミルフィはかごを手にすることもなく、それを直接抜き始めた。それは細く、かさが真っ赤だ。これほど危険でかつ分かりやすい見た目はないだろう。キノコ自身も警告しているのだ。

「危険だ、触れるのはよせ」

 ヴァルダスが慌てて屈んだままのミルフィの腕を掴んだ。すると、ばふん、と目の前でかさと同じ色の赤い煙が出て、ミルフィはふっ、とヴァルダスの目の前に倒れ込んだ。


 ヴァルダスは息を呑んで、即座にミルフィを抱え込むと、放り投げたかごがまたも草花を撒き散らすのにも構わずに小屋に向かって駆けた。

 ミルフィは微動だにせず、くたりとヴァルダスの腕の中で目を閉じている。


 雑木林からミルフィを抱え走って来たヴァルダスに、変わらず玄関に座ってマントをいじっていたルーは驚いて立ち上がった。

「どうしたんだい」

「ミルフィが妙なキノコに触ってしまった」

「何だかおかしな粉を吸ったようだ」

 何と! とルーは声を上げて、大変だ! とシャンに声を掛けた。洗濯物を干していたと思われるシャンが庭から顔を出した。

「とと、とりあえず寝かせるんだ」

 白い顔をしたままのミルフィを、ベッドに寝かせた。

 三人はミルフィを覗き込んだ。それからシャンが首に手を当ててから、胸元に耳を寄せた。

「大丈夫、息はしてるよ」

 ヴァルダスとルーは胸を撫で下ろした。

 

「どうしたら良いのだ」

 ヴァルダスはミルフィを寝かせたベッドの横を行ったり来たりした。ブーツの音だけが無駄に大きく響く。そしてはたと気付き、自分の部屋から昨日ミルフィが放り投げた鞄を持って来た。

「この鞄に、ミルを助けることが出来るものが何かあるかも知れない」

 ルーとシャンが心配そうに立っている中、ヴァルダスは鞄からがちゃがちゃと薬や草花が入った小瓶を取り出した。

 む、とヴァルダスが言ったので、ふたりはたくさんの小瓶を抱えたヴァルダスを見上げた。

「その効き目があるものが入っていたところで」

「俺にはどれか分からないぞ」

 三人は沈黙し、ヴァルダスの尾が垂れた。


 すると、ミルフィの弱々しい声を聴いた。三人ははっとしてミルフィのほうを見た。

「レシピ――」

「青い紙のレシピに……解毒薬の」

「つくり、かたが……」

 そう言ってミルフィはまた意識を失ってしまった。ヴァルダスが改めて鞄を覗くと、丸められていた数枚の紙の中に、青いものが一枚あった。

「これだ!」

 三人は声を揃えた。

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