11-CHAPTER2
そのようなヴァルダスの様子には気が付かず、ルーが剪定していると言っていたであろう低木の並ぶ庭を抜けると、確かに小さな石段があった。ルーの言った通り、浜辺に続いているようだ。波音がより強く響いてくる。
「降りてみますか?」
先を歩いていたミルフィが、ヴァルダスに振り返り声を弾ませて訊いた。ヴァルダスは一瞬黙り、ああ、と曖昧な返事をした。視線もどこか遠くを見たままだ。
ミルフィはその様子に何かを感じたのか、ええと、と声に出すと、
「わたしちょっと降りてみますね」
「ヴァルさんはお部屋でゆっくりしていてください」
と石段へと駆け出そうとした。
そのとき、ヴァルダスがミルフィの手を引いた。
「その前に散歩でもせぬか」
ヴァルダスの顔は普段より真剣だった。そしてミルフィと目が合うと、ゆっくりと手を離した。手に触れたことにも、何も気付いていないようだった。
ミルフィは直ぐにヴァルダスの横に立って、優しく言った。
「ええ、ゆきましょう」
少し進むと、小屋を囲むように辺りは丘になっていたから、海風にさらさら草原が光った。ゆれる髪に手を添えて、ミルフィは先ほどこの丘に来た時のように海の向こうを見た。
ヴァルダスのマントが風にゆっくりとなびいた。しかしそこにあった尾には、何の動きも見られなかった。
散歩と言いながらヴァルダスに歩き出す気配が一向にないので、ミルフィはその場に座った。膝当てとブーツの隙間に草が届き、少しだけちくちくした。
頭の横にあるヴァルダスの尾は相変わらずゆれることもなくそこにあって、ミルフィは出会った頃のヴァルダスをまた思い出した。
何の声も聞こえない、追いかけるだけだった背中。出会った頃と言ったって、まだほんの少し前。
ヴァルダスが口を閉じただけで、ミルフィは直ぐにヴァルダスが遠い存在になってしまったように感じる。
そういえば、ヴァルさんは今まで何処にいたんだろう。どんな旅をしていたんだろう。
レインさんから聞いた話だけではないような気がしていた。剣もマントも此処らの悪人相手には、ヴァルさんの言葉を借りれば、大袈裟だ。
まあ、ヴァルさんが大勢の兵士と戦う姿を初めて見た際はそのようなことは考えなかったから、自分に合わせて、強敵と戦わなくて済むように歩きやすい道を選んでくれているのかも知れない。
はあ、と言う声に我に返ると、ヴァルダスがどさりとミルフィの隣に横になった。ミルフィは一瞬いつものようにどきんとしたが、ヴァルダスが空を見たまま、尚も何も言わないので、彼に倣い寝転んだ。
お互い意識があるまま、並んで横になったのは初めてだ。しかしミルフィは不思議と穏やかな気持ちだった。
「良い天気だな」
流れる雲を見ながらヴァルダスが言う。
「本当ですねえ」
今度は矢が飛んでくることもなかった。
ミルフィも続いた。
先ほどよりは遠くなったが、波音が今も聴こえてくる。
「ヴァルさん」
「何だ」
「どうして此処でしばらく過ごそうと思ったんですか」
ヴァルダスは真っ直ぐ空を見たまま、答えた。
「ちょうど良いと思ったからだ」
「いろいろ考えるのに」
ヴァルダスはそれ以上何も言わなかった。ミルフィはゆっくり起き上がって、ヴァルダスを見下ろした。その瞳はいつものグリーンだったので、ミルフィは安心した。
その視線に気付いたように、寝転がったまま、ヴァルダスが言った。
「お前の瞳は風変わりな色をしているな」
「えっ」
「何色とも捉えられない瞳だ」
「赤にも、青にも、銀にも見える」
ミルフィは今まで自分の瞳を赤みがかった濃いブラウンだとしか思っていなかったので、その言葉に心底驚いた。
ヴァルダスの瞳にはそう映り込むのだろうか。
「形や瞳孔は、流石に俺とは違うがな」
そう言うと起き上がり、ミルフィを見た。
そして言った。
「ミル」
「今夜お前に話がある」
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