9-CHAPTER6

 ヴァルダスとミルフィは黙ったまま、立ち尽くしていた。

 

「そもそも――」

 

 何かに気付いたようなヴァルダスの呟きに、ミルフィはかがんでいた姿勢をぎくしゃくと戻しながら次の言葉を待った。

 

「犬用の入り口は内側から鍵で閉められていたよな」

「そして俺たちがフレイヤに出会った際、この重い扉は閉まっていた」

 

 ええ、とミルフィは頷いた。


「では、どうやってふたりは屋敷のなかに入ったのだ」


「えっ」


 ミルフィが黙りこくると、ヴァルダスはゆっくりと話し始めた。

 

「まず、マックスは犬だから、暗闇でも目が見えた筈だ」

「鼻も効くしな」

「先ほどの様子だとマックスは、フレイヤの傍を簡単に離れない気がするのだ」

「だからマックスが、フレイヤとはぐれたことに先に気付き、フレイヤを追ったのではないか」

「そしてそれは容易かったと思うのだ」


「次に、あの扉の重さからして、マックスとフレイヤ、まあフレイヤだけだが」

「ふたりだけであれを開くことが出来たとはとうてい思えない」

 

「ではどうしたか」

「その場合、マックスが正面の扉以外で屋敷に入ることが出来る場所を見つけたかも知れぬ」

「あの霧のなかではまあまず無理だと思うがな」

 

 ならば、とヴァルダスは続ける。

 

「あのフレイヤの背丈ならマックスに続いて屋敷内に入れた筈だ」

「ところが室内はあの通り真っ暗だったから、いくらか進んだのちマックスとはぐれたフレイヤは、その場から動けなかったろう」

「しかしフレイヤは入り口に立っていた」


 ミルフィは動悸がして来た。


「また、これはないとは思うが、ふたりが此処についた際、はじめから扉が開いていたとしよう」

「そしてそこからマックスに続いて、フレイヤが入る」

「中でフレイヤがマックスとはぐれて、マックスを探し出せず、唯一明るく更に開いていた扉から致し方なく屋敷の外に出て来る」

 

「しかしそれはフレイヤを捜したマックスも同じで、入り口に戻ることはむしろフレイヤよりも容易かっただろう」


「ここでも、フレイヤが入り口で泣いていたのはおかしくはないか」

「マックスを待っていると言ったが、扉が目の前で閉まったとは言っていなかった」

「ところが」

 

 ヴァルダスは扉を指差す。

 

「実際、扉はこのように閉まっていた」

「……」

 

 顔を強張らせたままのミルフィをよそに、ヴァルダスは続ける。

 

「そして、思い出してみろ」

「扉が仮にフレイヤとマックスが入った際、そしてやつらが探索していたそのあいだ開いていたにしては、扉のふちの粉塵ふんじんは酷かった」

「入ったときのあの空気の澱みはお前も分かったろう」

「もちろん、俺の鼻でもそうだ」

「それに、掛かっていた蜘蛛の巣は俺が扉を開いたときに、初めて切れたように見えた」

「えっ、気のせいではないですか」


 ヴァルダスは首を振った。

 

「分からぬ、どうやってあの場にいられたのか」

「立っていた理由さえも」

 

 ミルフィは冷や汗をかきながら小声で言った。

 

「方法はともかくとしても、誰か来るのを待っていたんですよ、きっと」

 

 ヴァルダスはミルフィをじっと見つめた。

 

「あの様子から、先を見越していたように見えたか」

「いつそのような者が来るのかわからないうえ、あの荒れ放題の屋敷の前で」

「それこそ俺が言ったように自分の家に駆け戻り、迎えを呼ばないだろうか」

 

 ミルフィは段々と恐ろしくなって来た。

 

「全く分からないことばかりだな」 

「今となっては確認しようもないがね」


 それに何より、ヴァルダスは続けた。

 

「あの声の主は誰なのだ、お前も聞いたろう」

「まさか」

 

 ヴァルダスは振り返ると扉に手を掛け、精一杯押してみた。次に、身体を傾け、強く体当たりをした。そして続いて試したが、扉の間にはナイフすら通らない。

 

「やはり、完全に閉まっている」

「今しがた、此処を開けて俺たちは出て来たのだぞ」

「一体、どうなっているのだ」

 

 ミルフィは再度黙り込むと、

 

「何でも良いです、早く此処から離れましょう」

 

 と半泣きで言った。

 

 そうするためには、荷物を置いて来た墓守の小屋に戻る必要がある。ヴァルダスは無言のまま、手のひらを上下に振り、先に進めと促した。

 

「いやですよ!」

「またはぐれたいのか」

「うしろからしっかりお前のことを見ているから早くゆけ」

「でも」


 そのときだった。あの中央の扉がぎいい、と音を立てた。まるで内側から開かれてゆくように。

 ミルフィはその音を聞くや否や、

 

「ゆきます!」

 

 と叫び、ヴァルダスの返事を待たず裏口に走った。

 

 雨はすっかり止んでいたが、木の葉や草に残っていた水滴は、相変わらずミルフィの頬を濡らした。しかし今はそれどころではない。

 最初に此処を通ったときよりも小道は長く感じられ、ミルフィは少しでも早く辿り着けるよう、ほぼ駆け足で小屋に向かった。


 軽く髪の毛を濡らしたままのミルフィを、小屋の手前で追い越したヴァルダスは、ばたんと扉を開き床に置いてあった鞄をミルフィに手渡して、直ぐに自分の鞄も持ち上げた。

 

「ゆくぞ」

 

 頷いたミルフィが足を進めようとした時だった。

 ふたりの耳元で、

 

「もう一度あそぶ?」

 

 と誰かがささやいた。

 

「お断りだ!」

 

 きゃははは、という声を聴きながらヴァルダスはミルフィの手を引いて、走り出した。ミルフィはもう声すら出ない。

 

 ヴァルダスはランタンを屋敷の入り口に置いて来たことを思い出したが、もうランタンを使うような場所はしばらく御免だ、と強く思った。

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