9-CHAPTER5
後についていたミルフィとフレイヤは、急に立ち止まったヴァルダスの背中に思い切り鼻をぶつけて、
「いたい」
と、そろって声を出した。
しかし階下へと続く階段が見てとれたあと、咄嗟にヴァルダスが両腕を広げたので、ふたりは何とかその場に留まることが出来た。
「一体、此処は何なのだ」
「油断も隙もあったものではない」
ヴァルダスは両腕を下ろすと振り返り、ふたりがそこにいるのをしっかりと確認した。
途端、フレイヤがあっ、と声を出したので、ヴァルダスとミルフィは彼の視線を追った。白い像があった場所に、何かがきらめいている。それも左右にぶんぶんとゆれながら。
「フレイヤ」
ヴァルダスが声をかけると同時にフレイヤは階段を駆け降りていく。ミルフィはすぐさまランタンを持つと、彼を追いかけた。
ふたりともに一瞬で脇の下から追い抜かれたヴァルダスは何とも言えない顔をしたが、続いて階下に向かった。
あはは、と笑うフレイヤの声がして、ミルフィが慌ててランタンを掲げると、目の前で黒く大きな犬がフレイヤを押し倒し、頬をぺろぺろと舐めている。足元には金色のネックレスが落ちており、これがフレイヤとお揃いのものなのだろう。
「あっ、おねえちゃん、おにいちゃん」
フレイヤは犬から身体を離すと、駆け寄って来た。
「この子がぼくの友だち、マックスだよ」
何と犬だったとはな、と階段をゆっくり降りて来たヴァルダスが言った。その大きな黒い犬は嬉しそうにヴァルダスとミルフィの周りをまわった。
黒いふわふわとしたその身体には、赤いバンダナが巻かれてあった。
「確かに赤い服ですね」
ミルフィは納得した。そしてヴァルダスを見上げた。
「ドギーズさんたちとは違って、何というかその、そのままの犬さんもいるのですね」
「うむ、そのようだな、俺も初めて見た」
珍しい存在なのだろうか。ミルフィは目の前で楽しそうに駆け回るマックスを見つめた。
フレイヤが明るく笑う。
「マックスもみんなに会えてうれしいって」
すると、ん、とヴァルダスが思い出したように腿のベルトの隙間から、何か取り出した。それは廊下で見つけた金色の鍵であった。
「結局、この鍵は一体どこで必要だったのだ」
全員が首を傾げた。
「まだ入っていない部屋も多そうですし、そのどこかの鍵かも知れませんね」
「そうだな」
全員が納得していると、かりかり、と音がした。
そちらを確認すると、いつの間にかネックレスをかけてもらったマックスが、何かを引っ掻いている。全員がマックスを見たが、引っ掻くのをやめないので、フレイヤがそこを覗き込んで確認すると、わかった! と大声を出した。
それからフレイヤはヴァルダスから鍵を受け取ると、どこかに差し込み、かちゃりと回した。
小さな扉が開かれ、光がぱあっとその場を照らす。マックスは嬉しそうにくるくると回りその扉を何度か出入りすると、わん! と鳴いた。
「なるほど、犬用の扉の鍵だったのだな」
「きっとこのお屋敷のご主人は、愛犬家だったのでしょう」
ミルフィは目を細めた。
雨も止んだようだし、事件も解決したので、ヴァルダスはエントランスの扉を力を込めて押した。それは此処に入った時のように、ぎいい、と音を立てながらゆっくりと開いた。
全員が屋敷を出て、ふうとひと息つくと、ヴァルダスが肩の埃を払いながらフレイヤに言った。
「お前なあ、何故最初からマックスが犬だと言わなかったのだ」
「おかげで妙な笑い声を追うことになってしまったではないか」
ヴァルダスの言葉に、ミルフィもかがんで、フレイヤの背の高さに合わせて、顔を見た。
「そうですよ、フレイヤくん」
「教えてくれていれば、もっと早くマックスちゃんに会えたかも知れないのですから」
フレイヤはきょとんとした。
「わらいごえ?」
「ぼくにはマックスがたてた物音しか聞こえなかったよ」
「おねえちゃんたちもあれを追いかけていたんじゃなかったの」
ふたりは硬直した。確かに犬は笑わない。少なくとも、目の前のマックスは笑い声をあげてはいない。
そしてヴァルダスは、あの声を追いかけていた時、自分のブーツが立てる足音のほかには何も聞いていなかったことに気付いた。
「ミルフィおねえちゃんの手、あたたかかった」
「ヴァルダスおにいちゃんは、とてもやさしかった」
「ありがとう」
マックスはフレイヤの足元でしっぽをぶんぶん振った。
「それじゃあまたね!」
フレイヤはにこっと笑うと、マックスと一緒に屋敷の正面に走っていってしまった。
ミルフィたちが裏口から入って来たように、正門の前も草木が覆っていたので、ふたりの後ろ姿は直ぐに見えなくなった。
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