9-CHAPTER4
不思議だ。目の前の廊下が長く続いている。いや、続き過ぎている。
「ヴァルさん、待ってください」
ヴァルダスの背中がどんどん遠くなる。ミルフィの声が聴こえないのか、こちらを振り向かない。
「ヴァルさんたら、わたしの声が聴こえていない筈はないのに」
「ううん、きこえてないのかも」
フレイヤが呟いた。
「おにいちゃんのろうそく、もう見えないよ」
気付くとフレイヤの言う通り、ヴァルダスの背中も蝋燭の光も、その先にはなかった。
ミルフィは途方に暮れた。早くもはぐれてしまったのである。しかもこんな一本道で。
するとまた、かたんことん、のあとできゃはは、と笑い声がした。ミルフィは冷や汗が出て来る。するとまたフレイヤがしっかりとした声で言った。
「おにいちゃんは、あれをおいかけるって言ってた」
「そっちに向かえば、おにいちゃんにも、マックスにも会えるかも」
ミルフィははっとした。目の前のことに動揺して忘れていたが、この子の友人も捜さなければいけないのだった。いや、ヴァルダスを先に見つけてから、皆で捜索したほうが早いだろうか。しかしヴァルダスと直ぐに会える確証もない。
ミルフィはううん、と悩んでいたが、しばらくして顔を上げた。
「フレイヤくん、だけど先ほどの音は、ヴァルさんが向かった方向とは全然違う方から聞こえました」
「と言うことは、お友だちかも知れませんね」
決めた。今の声は、先ほどヴァルダスが追っていった時よりも大きかった。フレイヤの友人マックスは、近くにいるのかも知れない。
まずは友人から捜そう。ヴァルさんはちっとも恐怖を感じていなかったようだし、こういった作りの屋敷であっても、迷うことはないだろうから、ひとりでも平気だ。おそらく。
「まずはマックスちゃんから捜しましょう」
「おにいちゃんは追いかけなくていいの?」
フレイヤが心配そうに言った。
「そのあと皆で捜しましょう」
「ヴァルさんはきっと大丈夫でしょうから」
「ありがとう、おねえちゃん」
フレイヤがぎゅっと手を握ってきたので、ミルフィは握り返すと、改めて気合いを入れ直した。
物音と笑い声が聞こえたのはこちらだったか。
ミルフィたちはいくつかの扉を開けて進んだが、ランタンの光では相変わらず辺りは薄暗く、更に全ての部屋には窓がなかった。それゆえに、変化があっても気が付かなかったのだろうか。
扉を開く度に目に入るのは、木製の机と椅子。何が描かれているのか目視出来ない絵画。その隣にある小さな本棚らしいもの。
あまりにも変化のない部屋が続くので、ミルフィはだんだん焦って来た。
その頃ヴァルダスは、ふたりがついてきていないのに気付いて直ぐにもと来た道を戻ろうとしたが、目の前にあったのは突き当たりだった。
「何だと」
ヴァルダスは咄嗟に壁を押したが、何も起こらない。燭台を床に置いて、体当たりをしてみたが、うんともすんとも言わない。次に腿のベルトから抜いたナイフで斬りつけてみた。壁紙には、微かな傷すら付かなかった。硬い。ほんとうに壁なのだ。
今まで確かに前後に続いていた廊下の筈が、一方通行になってしまった。ランタンを購入した際、アメネコに離れ離れになることはないと言ったのに、早くも覆されてしまったわけである。
「自分で言っておいて何だが」
「面倒なことになったな」
仕方なく振り返ると、元々進んでいた方向に歩き始めた。窓には相変わらず強い雨が叩きつけられている。
ミルフィも、フレイヤも無事だろうか。しかし今は進むことしか出来ない。
数メートル先から笑い声は変わらず聞こえて来る。先ほどミルフィが話していたように、これが道案内であれば良かったのだが、そうは思えない。もし案内をしてくれているとしても、あの嘲笑うかの声は不快だ。
そして思う。この声は自分の歩く速度に合わせて、距離を保ちながら移動し続けているだけかも知れない。
ヴァルダスは流石に気味が悪くなり、目についた扉の取手に手を掛け、直ぐそこに入った。あの奇怪な声を追いかけるのは、しばらく息を整えてから続けよう。
ああいった類のものは苦手だ。生身でない以上、剣が効かないからだ。いや、何故俺はそう思うのか。あれがフレイヤの友人だと思っているからこそ、此処まで追いかけて来たのではないのか。
後ろ手に扉を閉め顔を上げると、子供部屋のようだ。柔らかそうな布地の小さなベッドが置いてあり、色とりどりの花がその上にたくさん溢れている。顔の前に寄せてみると、それはフェルトで出来ていた。
床に雑多に広がっているのは絵本だろうか。ヴァルダスは屈んだ。そのなかに花の図鑑があり、ミルフィが好きそうだなあ、などと考えていると、わああ、とミルフィとフレイヤの叫び声がした。
ヴァルダスはすぐさま立ち上がり扉を開けると、声がした方に駆け出した。するとまた、突き当たりに出た。振り返り走ると、また突き当たり。
ヴァルダスは恐ろしいと思うよりもだんだんと苛つきはじめ、遂に目の前の壁を思い切り殴ってしまった。
するとそこに、お互いの腕をつかみ合ってへたり込むミルフィとフレイヤがいた。
「ヴァルさん!」
「おにいちゃん!」
ふたりは同時に言って、またヴァルダスに抱きついた。
今度はヴァルダスはふたりをしっかり受け止めて、
「何をしているのだ、ふたりして」
と言った。
「部屋を幾つも通り抜けたのですが、延々と同じ部屋が続くのです」
「そして次の部屋の扉に向かっていたら、大きな足音がこちらに向かって来て」
「ヴァルさんが飛び出て来たのです」
ミルフィの言葉にフレイヤがこくこく、と頷いた。三人は今しがた再会したその部屋の床に座っていた。大きな足音とは、恐らくヴァルダスが立てたものだと思われるが、これは一体どういう仕組みだ。
「俺は廊下が続いていてな」
「いや、続くというより閉じ込められていたのか」
ヴァルダスの話に、何ですって、とミルフィが驚いた声を出すと、フレイヤがしょんぼりした。
「ここがお化けやしきっていうのはほんとうだったんだね」
「マックスだいじょうぶかな」
うーん、とふたりは黙り込んだ。大人がこうして翻弄されているのでは、ひとりぼっちの子どもとなると余計に恐ろしい思いをしているに違いない。
「とりあえずエントランスに戻ることにしよう」
「計画の立て直しだ」
ヴァルダスの言葉にふたりは頷いた。
すると扉の向こうで、どぉん、とひときわ大きな音が響いた。続く怪現象にふたりはまたも怯え、その様子を見たヴァルダスは部屋の扉を今度は勢い良く蹴った。
するとどうだろう、目の前には入ってきたときに正面に見えた、エントランスホールに続く急な階段が続いていて、ヴァルダスは思わず転げ落ちそうになった。
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