9-CHAPTER3
しかし直ぐに、そうだ、と言うとフレイヤは胸元から何かを取り出した。それは金のネックレスで、中央に青い石が嵌め込まれている。
「マックスとお揃いなんだ」
「これ、なにかの役に立つかな」
ヴァルダスはちら、とそれを見た。あんなに小さいものが光を反射するだろうか。いや、俺の目なら捉えられるかも知れない。とりあえず頭に入れておくことにした。
「お揃いなんですね、素敵です」
ミルフィはぼんやりとした光の前で、それを見てふふっと微笑んだ。この暗闇の中でもミルフィの声は優しく響くようにヴァルダスには思われた。
最初に三人がたどり着いたのは、広いダイニングルームだった。ヴァルダスがランタンを高く掲げると、中央に大きく長いテーブルが優雅に置かれており、椅子は対面になっている。うわあ、とフレイヤは思わず声を上げた。ミルフィがテーブルに近づき食卓を覗き込むと、そこには未だに食器が置かれており埃が舞い上がったので、ミルフィはむせてしまった。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
フレイヤが心配そうにミルフィを見上げたので、ミルフィは涙目になりながら大きく頷くと、フレイヤの頭を撫でた。
ヴァルダスがその様子を横目で見ていると、途端、テーブルに置かれていた四本の蝋燭が一度に灯った。
わああ、とミルフィとフレイヤは同時に叫んで、ヴァルダスに抱きついたので、ヴァルダスの身体が左右に揺れた。ヴァルダスは何とかランタンの灯りを守りながら言った。
「良いか、お前たち」
「恐らくこの先はこのようなことが続くぞ」
えっ、とミルフィがヴァルダスの顔を見ると同時に、どこの窓からだろうか、入り込んできた強い光がばちっと一瞬辺りを照らした。それから直ぐに大きな雷鳴がして、びりびりと身体が揺れた。
ミルフィは思わず両手で自分の耳を押さえたが、フレイヤが何ともないような顔でミルフィを見上げていたので、姿勢を正した。
「続くだなんて、どうしてそう思うんですか」
雷光のなかのヴァルダスの瞳はぎらぎらとして見えて、ミルフィは思わず後退りしそうになったが、何とか声を絞り出した。
また雷が落ちた。この轟音のなか、その声はきっと人間には聴こえないほどであったと思うが、ヴァルダスには捉えられるのだろう、ミルフィを見下ろして、当たり前のように続けた。
ヴァルダスが何かを言ったのは口の動きで分かったが、雷がおさまると今度は激しい雨音が屋敷中の窓を叩いていて、ミルフィにはよく聴こえない。
ヴァルダスが声を張り上げようとしたとき、フレイヤがミルフィのワンピースの裾を引っ張った。指差した先には先ほど勝手に灯った蝋燭がある。
すると雨音が少し弱まり、ヴァルダスの声がきちんと聴こえた。
「その通りだ、フレイヤ」
「どういうことですか」
ふたりを交互に見ていたミルフィに、フレイヤが応えた。
「だっておねえちゃん考えてみて、もうこわいこと起きてる」
「入ってすぐにこうなのだもの」
「ぼくもおにいちゃんとおなじで、これからそういうことがまたある気がする」
「……」
「フレイヤくんは諦めるのが早いですよ」
フレイヤの落ち着いた様子とは反して、ミルフィは弱々しく言った。
「そんなことまだ分からないですし」
そして、ねっ、と言って無理やり笑顔を作ろうとすると、先ほど抜けたエントランスホールから、がしゃん、がしゃん、と立て続けに何かが壊れるような音がした。
まさかそんな、と固まったミルフィに、ふたりは諭すように頷いた。
それからヴァルダスは黙って燭台に手を伸ばしてそのうちのひとつを手にすると、ミルフィにランタンを差し出した。
蝋燭が何かの力で点いたのだとしたら、ミルフィはヴァルダスがそれに触れるのに抵抗があったが、本人は平然としている。
「光源がなければ進むこともままならぬ」
「お前はこれを持つと良い」
そして燭台を目の前でくるりと回し見つめながら言った。ヴァルダスの艶めく鼻先がその光により照らされる。
「俺はこれがなくとも動けるが、念のためだ」
フレイヤがほかの燭台に手を伸ばそうとすると、ヴァルダスはさっとそれを遮った。
「お前は駄目だぞ、何かの拍子に火が落ちると危険だろう」
フレイヤは不満げだったが、黙ってミルフィの隣についた。
「進むぞ」
ヴァルダスが静かに言って、ふたりはそれに続いた。
ダイニングを抜けて、更に奥に続く廊下を進んでゆく。そこには窓が嵌めこまれていたが外は真っ暗で、目をやるミルフィが映り込むだけだった。
「此処は食糧庫か」
「こっちは使用人部屋のようだな」
一寸先の蝋燭の光のなか、部屋をひとつひとつ覗き込んでいるヴァルダスの姿がぼんやり見える。
ランタンのおかげで手元が明るくなったとはいえ、気持ちはそうもいかない。フレイヤが傍にいなければ、ミルフィはヴァルダスの背中に張り付いたまま前も確認せずに進んでいただろう。
「しかし此処をすべて周るのは骨が折れるな」
「誰か案内出来るものがいたなら良かったのだが」
「そんなひとがいたら、そもそもお友だちだって直ぐに入り口まで戻ってきていたでしょう」
ミルフィが言うと、ヴァルダスは不機嫌そうに応えた。
「そのようなことは分かっている」
「言ってみただけだ」
ふたりのあいだに流れた若干険悪な空気に、フレイヤが慌てていると、何かを踏んだような感覚がありフレイヤはかがんだ。
「おねえちゃん、おにいちゃん」
「なにか落ちてた」
ふたりがフレイヤを見下ろした。その手には小さな金色の何かが握られている。ミルフィはそれを受け取り、ランタンの前にかざした。
「あら、鍵みたいですね」
ミルフィがヴァルダスに手渡すと、ヴァルダスはそれを目の前に持ってきて、くるくると回した。
「何の特徴もないな」
「これではどこで使うのか検討も付かぬ」
はあ、と思わずミルフィがため息をつくと、かたん、と何かの音のあと直ぐに、きゃはは、と少女らしき声がして、全員が顔を上げた。
ミルフィはランタンを投げ出しそうになったが何とか堪えて、ヴァルダスをそろりと見上げた。耳を動かし、音に集中しているようだ。フレイヤはミルフィを見、ミルフィはヴァルダスを見る格好になった。
「今まで何も聴こえなかったぞ」
ヴァルダスは鋭い目をしてその声が聞こえた方を凝視した。
「雨がひどいですからね、ヴァルさんだって聴き逃すこともありますよ」
慰めるように言ったミルフィに、ヴァルダスは何も答えずに歩き始めた。ミルフィはその背中を見ながら、此処に来てからヴァルダスの様子が普段よりぴりぴりと尖っているように感じられた。
しかし実際は、ヴァルダスはいつも以上に警戒しているだけだった。
「あの声を追うぞ」
何ですって、とヴァルダスの声にミルフィはランタンを震わせた。
「いこう、おねえちゃん」
「今はおにいちゃんについていくしかないよ」
意外とフレイヤは落ち着いている。
肩を落としたミルフィは頷くと、差し出されたフレイヤの小さな手を握った。
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