第9話 NEXT GAME?

9-CHAPTER1

 ゆっくりヴァルダスが顔を上げた。上空は黒い雲に覆われていて、ヴァルダスでなくとも雨が近いのが分かっただろう。

 ミルフィはきょろきょろした。近くに先日のように駆け込める場所はないように見える。

 

「とりあえず進んでみよう」

「そんな適当な」

「いや、あちらから何かの音がするのだ」

 

 ヴァルダスは耳を微かに動かすと、歩き出した。からから、と先ほど購入したランタンが鳴る。

 辺りは徐々に湿っぽくなって、ミルフィの顔に貼り付くそのべたべたとした空気は、ただ鬱陶しかった。


 む、というヴァルダスの声に前方を見ると、何やら墓石のようなものがある。どれも朽ちているのか大きく傾いているものもあり、角は削げ、彫られた文字すら読めないほどにぼろぼろだ。

 

 既に霧はだいぶんと濃くなっており、墓地の傍らに立っていることしか分からない。ミルフィが目を凝らしていると、とうとう雨が降り出した。

 

「うむ、また間に合わなかったな」

「呑気に言ってる場合じゃないですよ」

 

 幸い先日のような大雨ではなかったので、ふたりは早足になるだけで済んだ。しかしこのまま雨が続けば、いずれびしょ濡れになってしまう。

 ヴァルダスが、雨の強さによってはマントを取り出し、被って進むことを考えた時だった。

 

「ヴァルさんの言ってた何かの音ってこの雨のことですか」

 

 たぱたぱという雨音を聴きながら、ミルフィが言う。

 いやそうではない、とヴァルダスは首を振ると墓地のなかにある小道に入り、今度はゆっくりと進み始めた。

 

「駆け出すと危険だ、気を付けるのだぞ」

 

 足元は砂利が鳴るだけだし、この霧で目の先も見えず、ミルフィは不安しかない。此処を通るのか、と思いながらもミルフィは返事をした。

 細道はふたりが横に並ぶことは出来なかったので、ミルフィはヴァルダスのあとに続き、滑って転ばないようにヴァルダスの鞄のベルトを握っていた。


 と、どこからか、がた、ばた、と音がする。ミルフィはびくりとなって、より強くベルトを握り締めてしまった。

 

「音の原因はこれのようだな」

 

 いつの間にか小道を抜けると、目の先には朽ちかけた小屋があった。扉がきちんと閉まっていないのだろう、風を受けて開いたり閉まったりしているのが見えた。

 

 近付いてゆくにつれ、それはミルフィにもしっかりと聞こえたので、ヴァルダスのベルトからやっと手を離した。そこにゆき、依然不安定な扉に手を掛けて動きを止めてから、隙間からそろりと小屋の中を確認した。

 

「農工具が入っているみたいですね」

 

 ミルフィは雑多に置かれた大きなスコップや鍬に目をやった。

 なるほど、ヴァルダスはそう言って、扉を全開にした。わっとミルフィが思うより早く、ヴァルダスは頭を入れてなかを見渡した。

 

「ふむ、此処はどうやら墓守が使っていたようだ」

「意外に広いな」

「何かの鍵があるが、錆び付いていて形を留めてすらいない」

「これは使えぬだろう」


 それらをヴァルダスが確認しているあいだ、ミルフィは墓から何か這い出て来やしないかと、そわそわしながら背後を見ていた。

 よし、とヴァルダスが言ったので、ミルフィはそれにすらびくりとして、はい、と反射的に返事をした。

 

「此処に荷物を置いてゆく」

「荷物を置く……」

 

 ミルフィは思わず反芻してしまった。

 怪訝そうな顔をしているミルフィに、ヴァルダスが親指で何かを指した。

 

 その方向に目をやると、どんよりとした霧のなかに、大きな屋敷がそびえ立っていた。

 

「な、何ですかあれは」

 

 思わず声を振るわせたミルフィに、ヴァルダスは落ち着いて答えた。

 

「雨避けをするのに丁度良い場所を見つけた」

 

 長いこと世話がされていないまま草木が伸びている道があり、その向こうに鉄の柵が見える。どうやら此処は裏口だったようだ。

 

「それならこの小屋で良いですよ」

 

 そう言いながらも、ヴァルダスに倣い鞄を置いたミルフィは、慌てて後を追う。

 

「荷物を此処に置けば、入るのにふたりでは狭い」

「ほかに適した場所があるのか」

「俺は別にあの墓地の中を探し回っても良いがな」

 

 宿屋の狭さは気にしなかったのに、と不満げに目を細め、ミルフィは口を閉じた。

 

 荒々しく伸びた枝の下をくぐり、足元の草を掻き分けて進む。その間にも雨は降り、草に落ちた水滴が弾んで、ミルフィの頬を濡らした。

 

 上からも下からもそれが飛んで来るため、ああもう水滴が――とミルフィが言いかけたところ、ヴァルダスが立ち止まったので、ミルフィはヴァルダスの背中に顔をぶつけた。

 

「いたい」

 

 ミルフィは鼻を押さえたが、そこには小さな階段があり、ヴァルダスは何も言わずにそこを、たんたん、と降りてゆく。どうやら足元を確認していたようだ。ぼろぼろの柵の前に着いた。


「此処が入り口か」

「錆び付いてはいるが、こじ開けられそうだな」

 

 ヴァルダスの力で何とか開いた柵を抜け、なおも続く階段を降り切ると、目の前にゆらりと佇むいかにも不気味な屋敷があった。

 

 ミルフィは絶対に足を踏み入れたくないと、何も言わないまま即座に踵を返した。

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