7-CHAPTER3
様々な料理のあと、追加で頼んだソーセージの盛り合わせと、ポテトフィッシュが来た。狼だからなのか、ふたりは良く食べる。
酒の場でもヴァルダスは無口であったが、その表情は幾らかほぐれているように見える。友人に再会したからかも知れない。
ミルフィは言葉を交わすふたりの様子を楽しそうに見ていた。そしてジョッキに目を落とす。ビールは思った以上に飲みやすい。と言うより、何も感じない。
ミルフィは皆の様子を伺ったが、既に数杯飲んだこともあり、ほんのり酔って来ているのか、場はより和んでいた。
ほんとうに同じものを飲んでいるのかな、とジョッキを眺めていると、ディルムがご機嫌に言った。
「なにか他の酒を頼むかい」
「此処、なんでも揃えているようだよ」
ヴァルダスは、ほう、ときなり色の厚紙で出来たメニューを手にした。
「ミル、お前何か飲むか」
「そうします、甘くなくても平気です」
「そうだな、それだと――」
ヴァルダスの声を遮って、ディルムがおお、と声を上げた。
「ヴァルダスが誰かをあだ名で呼んでるのを初めて見たよ」
「いやあ、ミルフィ、すごいな」
「そうなんだあ」
「ふたりとも良いねえ」
手を胸の前で揃えて言ったティエンの肩を、手の甲でディルムがはたいた。
「お前、だいぶ酔ってるだろ」
ティエンはそんなことないよう、と先ほどの刺々しさが嘘のようににこにことし、鉄皿の上のポテトにフォークを突き刺した。
「こいつはこれくらいが丁度良いのではないか」
呆れた表情のヴァルダスの言葉に、ディルムは苦笑した。
「小さい頃から僕が相手していたから、懐かれちゃってね」
「旅に出ることを決めたとき、どうしてもついて来るって聞かなくてさ」
ミルフィは微笑んだ。
「わたしはひとりっ子なので、おふたりが羨ましいです」
そうなのかい、とミルフィを見たディルムに頷く。するとディルムが直ぐに言った。
「ヴァルダスが傍にいれば大丈夫さ」
「寂しい思いなんてしないと思うよ」
それを聞いて、ヴァルダスは黙ってジョッキを空にしてテーブルに置くと、立て続けに新しく来たビールに口を付けた。
そのうち、店員の勧めで頼んでみた、中に鮮やかな赤い色のベリーが入った、淡い紫色のカクテルがミルフィの前に来た。
「あっ、良いなあ美味しそう」
「ミルフィ、半分こしよ」
にこにこしたティエンに良いですよ、とミルフィが差し出そうとすると、
「おいティエン、貰うにしてもひとくちにするんだ」
とディルムが遮った。ちえーとティエンは言って、後でちょうだい、とつまらなそうに背もたれに身体を預けた。
ふたりの様子についくすくす、と笑ったミルフィに、ヴァルダスが心配そうに言った。
「そんなに飲んで平気か」
「無理をするのではないぞ」
ミルフィはグラスに口をつけて微笑んだ。
「ありがとうございます、大丈夫ですよ」
「これ美味しいです」
ヴァルダスはミルフィに目を落としながらも相変わらずジョッキを傾け、ディルムはふたりの様子を楽しそうに見ながらソーセージをつまんだ。
その時だった。
何かを思い出したようにまた前のめりになったティエンが言った。
「ねえねえ」
「ふたりとももうやったの?」
ヴァルダスとミルフィは同時に酒を吹いた。
「やっやっ、やったって」
ぼたぼたとカクテルを口からこぼしながらミルフィは顔を真っ赤にした。
「ミル、答えなくてよい」
ヴァルダスは右腕で自分の口をぐいっとぬぐうと、紙ナプキンを数枚重ねて、ミルフィに渡した。
ふたりが吹いた酒で濡れたディルムは自分の手から落ちたフォークを拾い上げながら、ミルフィを見て、
「悪気はないんだ」
と言ってから、同じように濡れて尚へらへら笑うティエンに呆れたように視線を向けた。
「ごめんよ、ティエンを部屋に連れて行く」
「僕が戻らなかったら、ふたりでそのまま飲んでいてくれ」
「代金はもう支払ってあるから」
ディルムはまたフードを被るとそう言って立ち上がり、ふらふらしたティエンを支えるようにして店を出ていった。
ふたりの背中を見送ると、ヴァルダスは濡れたテーブルを紙ナプキンでやたらとこすり、ミルフィは黙ったまま俯いて、カクテルを飲んだ。
しばらくして、それにしても、とヴァルダスが口を開いたので、ミルフィはびくっとしてしまった。
「お前、酒に強いのだな」
ミルフィはきょとんとした。
「そうなのですか」
「初めて飲んだから、分からないです」
「初めてだと」
ヴァルダスが驚いたように言ったので、ミルフィは頷いた。
「あまりにもするする飲むから、飲み慣れているのかとばかり思った」
ミルフィはふるふると首を振った。
「俺の方が先に酔いそうだ」
ジョッキを前にしてヴァルダスが呟いたので、カクテルを空にしたミルフィは、
「もう部屋に戻りましょうか」
と言ったが、ヴァルダスはいや、と首を横に振った。
「戻るにしてもこれを空にしてからだ」
そう言って残っているビールをぐいぐい飲んだ。
ミルフィは心配になったが、ヴァルダスの目はしっかりしていたので、安心してポテトの湿っていない所を食べた。
酒場を出ると、店の多くは既に閉まっており、昼間の喧騒はすっかりなくなっていた。気付かないうちに長居をしていたらしい。様々な屋根の形や看板を見上げながら、宿屋に向かった。
からんからん、というベルの音を再度聴きながら扉を開くと、先ほど女性がいたカウンターは空になっており、そこには柔らかい光を灯した小さな蝋燭があるだけだった。その静かな様子にミルフィはそっと扉を閉めた。
くわあ、と後ろでヴァルダスが大きなあくびをした。それを聴きながらとんとん、と階段を登って、振り返る。手を差し出すと、ヴァルダスはそのままミルフィの手のひらに自分の手のひらを乗せた。
ミルフィは真っ赤になって、
「鍵をください」
と言った。
おお、とヴァルダスはズボンのポケットから鍵を出してミルフィに手渡した。
赤い顔をしたまま扉を開き、蝋燭に火を灯した途端、ヴァルダスが背後で、
「ねむい」
と言ったかと思うとベッドに倒れ込み、疲れからなのか、見た目より酔っていたからなのか、そのまま眠ってしまったようで微動だにしなくなった。
あらら、と呟くと、ミルフィはヴァルダスのふくらはぎの下にある宿が用意した毛布を引っ張って手に取り、彼にそっと掛けた。ミルフィのブランケットよりそれは大きかったので、ヴァルダスの身体の半分は覆うことが出来た。
ミルフィは未だ目が冴えていた。しばらく夕涼みをすることにして、蝋燭をふう、と消した。
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