7-CHAPTER2

「ヴァルさん、あの、ひと部屋って」

 

 ヴァルダスは背中を向けたまま言う。

 

「何を慌てることがある」

「普段から共に寝ているではないか」

 

 ミルフィはその言葉に尚も焦り、首を振った。

 

「それは外でですし、その時だって互いに交代して起きてるじゃないですか」

「先日寝坊したとき以外はな」

 

 ミルフィが黙り込むと、ヴァルダスは鍵を使い扉をかちゃり、と開けた。

 室内を覗き込むと、ひとり用なので当たり前だが狭い。特に体格の良いヴァルダスには。

 

「ややややっぱり此処にふたりは無理ではないですか」

 

 その狭さに別の意味で慌てふためいたミルフィに、ヴァルダスは落ち着いて答えた。

 

「街でゆっくりすると言ったではないか」

「お前も喜んでいるように見えたが」

 

 ミルフィは再度黙り、ヴァルダスは床に鞄と剣を置いた。どさり、と大きな音がして、ヴァルダスが如何に重たい荷物を背負っていたかが分かる。

 

「ほら、お前も荷物を置け」

 

 ヴァルダスに促されたので、ミルフィは鞄をゆっくりと肩から降ろした。

 

 荷物を置いてから視線を上げると、奥に置かれた小さなテーブルの傍に、小窓があるのに気付いた。色々なひとが行き交うのが見える。赤ん坊を連れた者、本を片手に歩く者、花を抱えた者。ミルフィは目を細めた。


 ぎし、という軋んだ音が聞こえてミルフィが振り返ると、鎧を外しながらヴァルダスがベッドに腰掛けている。やはりどう考えてもヴァルダスが横になるには小さい。ミルフィの視線に気が付いたのか、ヴァルダスが言った。

 

「安心して良い、俺は床で寝る」

「えっ、でもそんな」

「問題ない、土の上よりは心地良かろう」

 

 ううん、とミルフィが困惑していると、軽装になったヴァルダスは立ち上がった。

 

「酒場に向かうとするか」

 

 お酒。ミルフィは不安になった。口にしたことがない。

 ミルフィの戸惑いに気づいたのか、ヴァルダスがベッドに置いていた鍵を取った。

 

「安心しろ、酒以外の飲み物もある」

 

 何だか子ども扱いされたようで、ミルフィは少し憤慨した。


 若干うろつく必要があったが、酒樽が彫ってある木製の看板がぶら下がった店を見付けた。ミルフィは何となく縮こまって、ヴァルダスの後ろに付いて店の前に立った。

 宿屋よりは重たそうなその扉を開けると、中は薄暗く、色んな料理のにおいと、かちゃかちゃ、と客たちが立てているであろうグラスやカトラリーの音が聴こえる。

 

「思ったより暗いな」

「あいつが此処を選んだ理由が分かった」

 

 ヴァルダスが呟くと、おおい、と声がした。見ると奥のテーブルで先ほどの少女と並んで座っているディルムが手を振っていた。フードだけでなく、上着も脱いでいるようだ。ふたりはそちらへ向かった。

 

「宿は分かったか」

 

 彼らの向かいに掛けながら、ディルムの問いにヴァルダスは、ああ、と返事をした。

 

「部屋はひとつしか借りられなかったがな」

 

 ディルムは目を丸くして、ヴァルダスとミルフィを交互に見た。ミルフィは真っ赤になって俯いてしまった。

 ディルムはそれから手を上げて店員を呼び、ビールを頼むよ、と言った。ヴァルダスが少女に視線を落とし、確認するようにディルムを見ると、ディルムは少女を親指で指した。

 

「ちゃんと大人だよ、行動はともかく」

 

 先ほどとは違って、少女は静かに水を飲んでいる。上目遣いでまだじろりとミルフィを見ていたが。


 改めて目をやると、ディルムはフードの下に体毛と同じ白いローブを纏っており、ふちは水色でそこに銀の糸で蔦の細かい模様が描かれている。

 綺麗だな、と見ていると、またも少女の強い視線を感じて、ミルフィは慌てて手元に視線を落とした。

 

「ほら」

 

 ディルムに促されて、ヴァルダスを見ると少女は口を開いた。

 

「ティエンよ」

「あなたがお兄ちゃんの友達って知らなくて失礼な態度を取ってごめんなさい」

 

 それから、とミルフィを見た。

 

「あなたもごめんね」

「でもまだ気を抜いてないからね」

 

 べし、とディルムがティエンの頭をはたいた。そして笑顔でミルフィを見た。

 

「はじめまして、僕はディルム」

「ヴァルダスとはしばらく旅をしていたことがあるんだよ」

「そうでしたか」

 

 ヴァルダスがひとりなのはあくまでこの土地だけだったのか。

 ミルフィが驚いていると、ディルムが続けた。

 

「やあ、それにしても驚いたな」

「ほんとうに会えるとは思わなかったよ」

 

 ヴァルダスが不機嫌そうに言った。

 

「驚いたも何も、お前が手紙を寄越したろう」

 

 はは、とディルムは笑った。

 

「いや、此処に来て直ぐにドギー、ドギーズだったか、配達屋が目についてね」

「だめもとで手紙を託したんだ」

 

 ヴァルダスが呆れたような声を出した。

 

「お前、相変わらず適当だな」

「俺が此処にいなければどうしたのだ」

「その時はその時さ」

 

 ディルムが再度笑ったところで、頼んでいたビールが運ばれて来た。それは大きな木のジョッキにたっぷり注がれている。

 ヴァルダスはミルフィを心配そうに見た。

 

「酒でなくとも良いのだぞ」

 

 ミルフィは強く頭を振って、全然平気です、と答えた。自分だって〝大人〟なのだ。

 ディルムはその様子をにこにこしながら見ていて、

 

「やあ、お前もだいぶんと変わったんだなあ」

 

と言う。

 ミルフィははたと気付いた。

 

「ご挨拶遅れました、わたしミルフィと言います」

「おふたりともよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

 ディルムは笑い、ティエンは頷いた。

 

「じゃあ乾杯しよう」

 

 全員がジョッキをぐいと持ち上げた。

 

「この再会と出会いに」

 

 ディルムが楽しそうに言い、皆でビールをごくごくと飲んだ。

 

「ふたりは一緒に旅をするようになってどれくらい経つんだい」

「その様子から言って一年くらいかな」

 

 ディルムの問いに、揃って首を振る。

 

「ひと月も経っていませんよね」

「そうだな」

 

 ディルムがなんだって! と大声を上げたので、周りの客がこちらを見た。

 

「お兄ちゃん、この店選んだ意味ない」

 

 ティエンの言葉にディルムは姿勢を正した。

 

「まさか、冗談だろ」

「嘘をついてどうする」

 

 ヴァルダスは表情を変えずにまたジョッキを傾けた。

 はあ、驚いたな、と言って、ディルムはミルフィに言った。

 

「こいつと初めて会った時こわかったろ」

「子どもの頃からこうなんだよ」

 

 そう言って、面白そうにヴァルダスをちらりと見た。

 

「喧嘩は強いんだけど、とにかく愛想がなくてさ」

「なんだろうな、他人には心を開かないと言うかね」

 

 ディルム、とヴァルダスが不機嫌そうに言い、ディルムは大袈裟に肩をすくめた。

 

「おふたりは幼い頃から一緒なんですね」

 

 興味深そうなミルフィの言葉に、ディルムがビールを飲みながら頷き、続けた。

 

「出身が同じでね」

「まあ狼はだいたい一緒なんだけどさ」

 

 へえ、とミルフィもジョッキを持ち上げた。

 ん、と横でヴァルダスが声を上げた。

 

「もしやティエンって、おばさんの腹にいた子か」

 

 ディルムは笑って頷いた。

 

「そうだよ、気が付かなかったのか」

 

 ヴァルダスはティエンをまじまじと見た。

 

「そうか、この娘がなあ」

 

 会話についていけないミルフィを見て、ヴァルダスが言った。

 

「このふたりは従兄妹同士なのだ」

 

 へえ、とふたりを見た。そう言えば毛の色も似ているし、瞳の色も同じブルーグレーだ。

 

「お兄ちゃん、と呼んでいるからてっきり兄妹なのかと思っていました」

 

 そう言うと、ティエンが身を乗り出した。

 

「従兄妹よ、い、と、こ」

「そこ覚えておいてよね」

 

 ミルフィはその勢いに押され、こくこくと頷いた。

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