第4話

「クッハッ――喝喝喝喝喝!!!!」


 竜は笑う。

 吼え掛かるように大笑する。

 心底おかしくて仕方がないといわんばかりに。


「造られし者が友を望むか!! 

 大言壮語も甚だしい、身に余る望みを抱いたものよ! 

 ヒップ、貴様、自分が何を求めたのか理解しているのか?」


 そこに蔑みはなかった。

 竜はただただ興じていた。

 ロボットが己が領分を超えて手を伸ばしたという事実を言祝ぎさえしていた。


「返事を聞かせてもらいたい」


「まあ、待て。

 そう急くな。

 せっかくこの飢えを忘れられたのだ、もう少しばかり、浸らせてくれ」


「……」


「嗚呼、嗚呼、これだから、堪らない。

 友よ、やはり我らは正しかった!! 

 何が、終点!

 何が行き詰まりか!

 世界はかくも神秘に満ちている!」


 竜は、名乗ることなく、誰がどう見てもわかるほどに、酔いしれていた。

 歓喜に。

 報われた信仰に。

 そこにある、生に。


 大気が震える。

 分厚い氷に罅が入る。

 風が渦巻き、舞い落ちる片々が天へと昇る。


 続くは地揺れか大津波かといったところで、竜は落ち着きを取り戻し、笑いを収める。

 ヒップは申しつけられた通り黙したまま、その狂態を見守っていた。


「良いだろう、ヒップ! 

 契約を結び直そうではないか、山岡と全く同じ条件で、お前と、我の間に、だ」


「了解した。

 では、書面を出力する。

 竜よ、名前を教えてもらいたい。

 その体では筆を取ることはできないだろう」


「うう、むう? 

 なるほど機転を利かせおるわ。

 配慮は無用よ、我は約束を守る」


「しかし、友でなければ破るのだろう」


「これは狭量なことを言う。

 名を知らねば友誼は結べぬのか? 

 お前がヒップを名乗るように、我は、竜よ。

 それで、良い」


「……了解した。

 あなたを信じよう」


「うむ、うむ」


 竜は満足げに翼を上下させる。

 それが、竜にとっての頷きだった。


 ヒップは腹部のシャッターを持ち上げた。

 すぐさま内蔵されたコンベアが動き出し、一番奥底、一番厳重に守っていた壺――山岡望実の遺体を納めた棺桶を出口へと運ぶ。

 それを両腕でしっかと掴み、ヒップはさらにもう一歩、竜に向かって歩み寄る。


「顔の前に置いてくれ。

 なに、友の亡骸だ、貶めるようなヘマはせん」


「結局は、喰らうのだろう」


「それが約束、それが弔いよ。

 我にとっては、な。

 ……なにか求めがあるのなら聞こう、友よ」


「当機は、山岡博士に敬意を払うのみ。

 求める権利を持つ者からも、何も言いつけられてはいない。

 ……作法があれば、教えてもらいたい」


「良い、良い。

 一瞬のことだ、好きに振る舞え」


 竜が翼を傘にして、ふぅと息吹を体に溜め込む。

 途端に積もった物は消え去って、氷の床が露わになった。


 ヒップが壺棺を安置すると、竜はちろりと舌先を伸ばし、躊躇いを見せて引っ込める。

 琥珀の瞳が僅かに動き、傷だらけのロボットを中心に据えた。


「何か問題があっただろうか」


「いや、なに。

 少し、思い出してな」


「……?」


「詫びも、礼も、口にするのを忘れておった。

 許せ、友よ。

 長いこと、何も口にしていなかったが故に」


 喝、喝、と笑い、竜は、囁くように言葉を続ける。


「出会ってから此の方、無礼千万を働き申し訳なかった。

 艱難辛苦を乗り越えて、我が友、望実の亡骸を運んできて貰ったこと、感謝する」


「受領した。

 ……しかし、不要だ。

 当機はHiP.T-76、輸送専門特異型ロボット。

 そして、当機にその機能を授けたのは当機ではない」


「うむ、うむ、知っているとも」


 竜は身じろぎし、をおろしかけてびくりと止まる。

 それからまた、誰にともなく、喝、喝と笑った。


「今日は良き日だ。

 貴様を弔うにも丁度良い。

 ……貴様は永遠を否定したが、嗚呼、こればかりは譲れない。

 可能性は、誰の前にも、開かれている。

 我とお前が、信じたように。

 結末は我が見届けよう。

 有るか無きかも分からぬが、な」


 そして。


 ――ばくり。


 竜は、友の遺体を丸呑みにした。








◇◆◇








 翌朝。

 一夜の談笑を経て、再びヒップは旅立った。


 未知の冒険、過去との遭遇、友との語らい。

 真っ新だった彼の胸には疑念が根付き、やがてとうとう確信へと至る。


 ヒップは1つ、心に決めた。

 帰り着き、己が母に問うことを。


 彼はHiP.T-76、ヒップ。

 『ものを拾い、運ぶ』機能を与えられたロボットだ。

 ――しかし、それだけではありえない。


「当機は、いったい、なんのために」


 その問いに、彼女はまだ、答えていない。








◆◆◆







読了いただき、ありがとうございました。

本作『Robots' Choices』は『ツクール×カクヨム ゲーム原案小説オーディション2022』への応募作となりますので、応募要項の都合上、ここで完結とさせて頂きます。

もしお時間ありましたら、感想など頂けると嬉しいです。

それでは、また。

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Robots' Choices コノワタ @karasumi5656

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