それがこれ
「えっと、天龍? ユリカさん? 麦茶でいーですか?」
「いらない」
「はい」
冷蔵庫を開ける椋伍を片手で制しつつ、少女はぐるりとキッチンを見回す。
室内に招き入れられた彼女は、とっくに機嫌を直しており、なんなら椋伍に案内されるよりも先に真っ直ぐキッチンへ足を踏み入れていた。
「
振り向きざまに閉められた冷蔵庫がぱたんと軽く音を立てたが、彼女はその音にも家主の視線にも構わず、まだキッチンのあちこちを見て回っている。
テーブルの料理に関しては顔を斜めにして不思議そうに注視していた。
――全然関係ないけど、この人怒ってなくてもスッゲー声低いのな。顔かわいくて幼いのに。喉だけ第二次成長期終わってるカンジ。
「いい所に住んでいるな」
「んえ?」
考え事をしている最中、突然話しかけられた椋伍は素っ頓狂な声を上げた。
「内装もしっかりしているし、そこのゴミふたつを除けば何も問題は無い」
「あー……それやっぱヤバい感じですか?」
「は? なんだその日本語は。やり直せ」
「そっそのキーホルダーは危険な物ですか?」
「私が探していたくらいには危険な代物だ。あと、これはキーホルダーではない」
「え、じゃあ何これ……」
「お前の悪趣味ノートに載っていないのか?」
「悪趣味……」
そんなつもりないんだけど、と顔をくしゃくしゃにして椋伍は少しだけ肩を落とすと、少女の近くまで寄っていってノートを見下ろした。
「なんていうか、ソレ、気になったウワサをひたすら書いてるだけなんで、名称とかは違うかもです」
「そうか。それならポケベルの話はどうだ。書いた覚えはないか」
「え? ありますよ。今日書きました」
「それがこれだ」
「……。え!?」
一拍遅れて椋伍は身を引いた。
「こ、これが? ポケベル?」
「ああ」
「初めて見た」
「お前の持ち物だろう」
「たまたま貰ったんです。人助けのお礼に」
「……これを?」
「ハイ」
「お礼じゃなくてお礼参りじゃないのか」
「小さな子どもからの善意の贈り物です!!」
「その割に装備しているものがおかしくないか」
「そ、れは」
塩入りボウルを未だ抱えたままだったことに、椋伍はハッとした顔になり、忽ち気まずそうに視線を泳がせる。
「成り行き上、仕方なかったってゆーか」
「なんだそれは」
呆れたようなため息まで返され、椋伍はますます居た堪れなくなったのか眉が下がる。
「だってコレ、子ども殺しかけてたから」
その呟きに、ぱちりと少女が目を瞬かせた。
ここへ来て初めて負の感情以外が表に現れているのに、椋伍の視線は塩ばかりを向いている。
「極力こーいうのには関わり合いたくないんだけど、どうしてもそーいう訳にはいかない事ってあるじゃないですか。だってオレにしか見えてねーんだもん。なんもしなくて、いざ誰かが死んだ時に後悔したって遅すぎるし……。そんなんだったらテメェが死ねってなりません?」
「――っはは!」
短い笑い声に、椋伍はパッと顔を上げた。
先の彼女は目を爛々として椋伍を見つめ返して、
「いいな。どんな綺麗事よりもそれがしっくりくる」
「えぇ……しっくりくるのはちょっと……」
「何故引いた」
「いや、アナタに関しては引く要素は最初から色々あるんですけど」
「中のソレはいつ使うんだ」
「マジで全然オレの話聞きませんよね」
「忙しいからな」
「……忙しいのにここに来たんですか?」
「忙しい用事の内のひとつがコレだからだ。これが終わったら焼肉に行く」
「えぇ……」
意味わからん。何この人。
椋伍は困惑に顔を歪ませつつも、喉まで迫った言葉をなんとか飲み込んだ。
「おい、いつどうやって使うんだ」と重ねて赤い瞳が興味津々で椋伍を見上げたのも良かったのかもしれない。呼吸を整える。ボウルを抱える腕の力が少し緩んだ。
「今からここにぶち込もうかと思ってたんですけど、あの、素人のオレより神社の人がやった方が良くないですか?」
「悪いな。私は殺すのが専門だから難しい」
「何この人意味わかんねーわ」
さらりと断られて今度こそ、椋伍の心の声は口をついて出た。
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