善意の贈り物

「不良のお兄ちゃんが助けてくれた」

「でも押されて転びそうになったんだよね? そこのお兄さんが何かしたんじゃないの?」

「分かんないけどぉ……でもカッチャンのことお兄ちゃんが助けてくれたよ」


 交番へ連れられ、かれこれ十分間。

 被害者と警察官の会話が進んでいない。

 幸い椋伍の味方には被害者含む小学生集団全員がついているが、青年警官は尚も疑ってかかっている。

 それに小学生サイドは目に見えて苛立ち始め、被害者の小学生は色んな声色の「不良のお兄ちゃんが助けてくれた」を披露していく。


「何これ」


 必要書類はとっくに書き終え、それでも納得のいっていない若警官からの尋問待ちの椋伍は、そういう訳で、言いたいことも言う隙もないまま中年警官からお茶を振る舞われ、目の前の争いを見せられ、遠い目になっていた。

 デスクの上には空になった湯のみと、壊れた例のキーホルダーがある。


「お茶のおかわりは?」

「あ、いや、いいです。ありがとうございました」

「いんだよ。それにしても悪いね。一応仕事だからああいったことは聞かなきゃならんのだけど……あの若いのはちょっとムキになりやすいところがあって、言い方がねえ。よくよく言っておくから気を悪くしないでやってちょうだいね。親御さんには連絡ついたかい?」

「県外にいるんで無理です……その代わりに学校の保護者が来ます……」

「うん? 先生ってことかね?」

「あ、いやちがくて」

「おーっす、ダチ引き取りに来ましたァー」


 のほんのほんと続いていた警官との会話がそこで途切れた。

 交番入口の引き戸をガンガン叩き、ガラの悪い中学生男子が二人足を踏み入れる。それにうげえ、と椋伍は顔をしかめ、


「直弥さぁー、もちょっとお上品に入ってきてくんない? オレ一応職質中なんだけど」

「ンな事されるバカタレが一丁前に素行指図してんじゃねェよ」

「にしたって岸本、ガラス殴んのはダメだろ。後で拭いとけ」

「そこ? 注意するとこそこ? ――ちょ、え、オイオイ、狭い狭い狭い!! どっちかひとりでいーんだってばなァんでイカついの揃って来たん? バカ!?」

「ブチ回すぞ」

「交番でその発言はヤバイ」

「君達ちょっと静かにして!!」

「うっす」

「スンマセン」

「ごめんなさい」


 一気に人口密度が増した交番は、もう会話が飛び交いすぎて収拾がつかない。

 「お兄ちゃんが助けてくれた」合戦を繰り広げていた小学生達も若警官を相手にする所ではなくなったのか、直弥と齋藤が入ってきたあたりで目を輝かせて「不良が増えた!!」と口々に騒ぎ始め、椋伍と直弥の会話の応酬あたりでは拳を握って笑顔で首を行ったり来たりさせていた。

 さながら、猫じゃらしを見る猫の群れだ。

 若警官に強めに叱られた三人はそれぞれ腰を折ったり、会釈で済ませたりする。

 だが若警官の目はつり上がったままで「大体ね!」と息を吸い込み……


「じゃあ、聞き取りはもう済んだから。帰んなさい」


 棘が吐き出される前に、中年警官がさらりとそう促した。

 「へ?」と口にしたのは椋伍だけではない。若警官もだ。


「で、でもオレ子ども怪我させたし……」

「カッチャンくんの親御さんにはもう連絡も着いてるし、なんなら先方から直々に君を帰してやってくれと言われとるんだよ。気にせず帰んなさい。もう日も落ちそうだし」

「えぇ……いや、でも」

「アッチが帰れっつーんなら別にいんじゃねエ? テメェのガキすっ転ばされてんのに? とは思うけど」

「……なんかこの中でお前が一番子ども転ばしてそうだよね。発言が」

「ア゛?」


 椋伍がぽろりと漏らせば、直弥が凄む。

 余計なことを、と自分の鼻頭をぐりぐりする齋藤に代わり「まあそういう訳だから。ほら、帰った帰った」と中年警官は手を叩く。

 若警官は納得いかないような表情だったが、逆らうつもりは無いらしい。ぼそりと「気をつけて」と言い三人が出やすいように引き戸を全開にした。


「ざッしたァー」

「世話かけました」


 直弥、齋藤が順に出ていく。

 椋伍もそれに続いたものの、すぐに振り返りカッチャンという少年の前まで戻った。


「ホントにごめん。これ、オレのケー番だから、なんかあったら電話してね」


 ノートの角を破って書いたメモを手渡され、少年は忽ちモジモジしながら椋伍を見上げる。


「ウン。……ね、これ!」


 デスクに置き去りにされたキーホルダーをがしっと掴むと、少年の目の前にある大きな手にぐいぐい押し付ける。


「ニーチャンにあげる」

「えっ」

「助けてくれたから、お礼。おれの部屋にあったよくわかんないオモチャだけど、カッコイイからあげたい」

「……マジ?」

「マジ」

「高そうだけど」

「壊れてるよ」

「えぇ……」


 申し訳なさそうに椋伍は眉を下げたが、はたと何やら考えついた顔になる。


「……じゃあ、ありがと」


 子どもはニカニカ笑って、他の子どもと一緒に照れくさそうに体をゆらゆら揺らし、バイバイと手を緩く振ったのだった。

 


「遅せェよ」


 振り向きざまに直弥が不満を垂れれば、軽く椋伍は謝る。


「……。何貰ったんだ?」


 齋藤が訝しげに椋伍の手の中の物を見ようとするのに「うーん?」と笑ってバッグに詰めて、


「今日の戦利品」


 とだけ答えた。

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