よくある、よくある

 ありゃ神社のムスメだよ。

 名前は天龍テンリュウユリカ。

 西野山ニシノヤマの麓にあるだろ天龍神社って。そう、そこの人間。


 夏と冬の祭に出るけど、衣装のせいで遠目じゃほとんど顔も見れねエ。

 だから小学校でもウチでも、入学直後はそのお綺麗なツラ見たさに他所の学年のが来たりで盛り上がンだけど――すぐ何かしらトラブルが起こる。

 一回や二回じゃねえ上に気色悪ぃのが立て続けに。

 だからなのか、ほとんどが保健室登校。テストの時ぐらいしかクラスのヤツらも顔見ねえってもっぱらのウワサ。

 ダチ? ウチ入って三年間そういうの作ってねーって話だな。まァ昼のあれ見たらお察しだろ。



「ホントになんで?」


 通学路。直弥と齋藤は用事があっていない。

 帰宅ラッシュで賑わい始める通りを、横断歩道の信号が瞬くのに合わせて足を止め、ぼんやりと椋伍はひとり眺める。


「分かんないんだよなァ……オレこんなに真面目なのに。祭にだって行かないし、直弥とハジメちゃんみたくお礼参りだってしない。門限は夏はロクジで冬はゴジだし」


 なのに、あんな絡まれ方すんの?

 初対面の上級生に?

 不良とかその筋の人のこと分かんねーよ……。


 思い返せど募る不満の多さに椋伍の独り言は止まらず、同じように信号を待つ人間が集まってきても、彼の周りだけは風通しがいい。

 見た目のせいだろう。髪型も去ることながら、はだけた学ランから顕になっているヒョウ柄のシャツも、ゴールドのチェーンネックレスも優等生には見えない。

 「スゲー! 不良だ!」と興奮した様子の小学生男子の声も複数あったがそれも大きなヒソヒソ声止まりで、近寄らない。

 椋伍もそれに気づいてか「ただの余所行きの格好だよー、黄色は渡らない真面目なお兄さんだよー」と少年集団を見ないまま手を振るも「愛想がいい不良だ……!」と感激の眼差しを向けられ、最も訂正したかった箇所はそのままになってしまった。


 その内少年たちは不良に飽きて「先にあっちの信号まで行けたら優勝」と別の話題で盛り上がり始める。


――ねえちゃん、競走しよ!


 いつかの声が椋伍の記憶の中で重なる。

 あの頃の信号機のメロディーは今とは違う。

 椋伍の耳にこびりついて離れない重たく割れた音は、彼の思い出の人の笑顔を掻きむしって彩りを褪せさせる。


「……うっさい曲」


 ぽつと呟いたところで、空々しいほど明るい曲が途切れた。

 記憶から視線を引き剥がして、椋伍は遠くの横断歩道の信号がチカチカ瞬くのを眺める。

 前を走る車の群れは急くように速度を上げている。

 徐々に微睡みから覚醒していくような表情へと移り変わりながら、椋伍は小学生の方を見た。彼らはお喋りに夢中でじきに信号が変わることに気づいていない。

 声をかけてやろう。

 親切心で椋伍が口を開きかけた時だ。


「は?」


 小学生の内の一人、かけっこを提案していた子どもが背負った黒いランドセル。そのナスカンからぶら下げられた……キーホルダーだろうか。電卓にも似た小さな機械から黒いモヤが滲み出た。

 文字盤のような所からだ。煙ではない。じわっと滲んで瞬く間にそれは節榑立った腕のような形になり、コツン。


 少年の膝裏を小突いた。


 がくりと小学生の体が膝からくず折れていく。

 車道の車は止まらない。フロントガラス越しに見える運転手は目を見開いていて、子どもは状況が飲み込めていないのか呆けたように空を見上げて、彼と隣あった小学生も同じような顔で視線が下にずれていった。

 全部が緩やかで一瞬だった。


「ぅあああっぶねえええええええええええ!!」


 叫びながら椋伍は一番に目に飛び込んだ物を掴み、車道に倒れ込みそうになった少年を全力で歩道側に引き倒した。

 拍子に椋伍も尻もちをついたし、咄嗟に庇った少年の頭が腕にゴリッと降り、その痛みに「ッ痛ァ!!」と情けなく悲鳴をあげる。

 大人も子どもも一気にざわめいた。

 青になったのにも関わらず、ほとんどが横断歩道を渡らない。

 椋伍はゼーゼー息を切らせて、


「……良かった、無事だ、生きてる。大丈夫? ゴメンスゲー引っ張っちゃった……って、あーあ。ここ擦りむいてんじゃん。イタイでしょ」


 助けられた少年はふるふる首を横に振って、椋伍に抱えられながら立ち上がった。


「なあに、あれ」


 そこで、ひそりと声が発せられる。買い物帰りの主婦達からだった。


横瀬オウセ中学校の子?」

「いじめかしら……」

「だとしたら悪質よ。子ども突き飛ばしたんでしょ? そんなの」


――殺人じゃないの。


 状況若干違うけどまあそう思われるよね、と椋伍は内心口の端から舌を出した。

 見た目からは内面は伝わりづらい。

 そして、見えないものは総じて誤解を生みやすいのだ。

 彼は脳内で状況を整理する。

 

――この場合、不本意だけどオレは不良だし、が他人に見えないのはもう仕方ない。だし。ただ年上が年下怪我さすのはどうあってもダメ。クズ。あっダメだ心がイタイ。即行自首しよ。


 キーホルダーからはもう何も出ていない。

 そこまで確認すると、おずおずと見上げてくる小学生に向かって椋伍は「ウチ、近く?」と声をかけた。


「えっ」

「近くじゃなかったら、交番行こう。怪我してるし、家族に迎えに来てもらおう。オレも謝りたいし」

「……」

「急に引っ張ってゴメンね。キーホルダーも、うわあぁー……なんかその、金具壊しちゃったし、弁償出来るかコレ……? とりあえずおんぶ――」

「ちょっと君」


 その一声と姿に、人集りが嘘のようにはけていく。

 警察官だ。中肉中背で人の良さそうな顔の中年男と、背が高く生真面目そうな青年。

 椋伍の肩を叩いたのは、青年警察官の方だった。厳しい視線が椋伍の目から外れない。


 野次馬根性で見ている人間はもうあまりいない。

 いつの間にかほとんどが横断歩道を渡りきって、信号も赤に変わっている。


「話を聞かせて貰えるかな?」


 刺々しい声に「あぁー……」と椋伍は口元を引き攣らせそして、


「……ダイジョブです」


 塩っぱい顔をしつつ、両手を前にそっと出した。

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