三年前から

「は?」

「お前は一体何なんだ。誰の許可を得てここに居る」


――最近、一年の間で流行ってんのかな……こういうナンパ。よく分からんけど。


 椋伍は目線を遠くしつつ思う。


「三年前から住民票移してるんだけど……」

「何かしただろう。何故お前みたいな輩が急に出てくるんだ」

「えぇ、なんの話? 出来ればあと三分で授業が始まるから手短に」

「ゴミ」

「その罵倒はやめて」

「は? 勘違いするな。その机に広げてあるゴミで何かしたんじゃないのか?」


 その場の視線が椋伍の机に集中する。

 手製の神隠市ノートがそこにはあり、椋伍は「え、コレ?」と眉を下げて指で示す。


「これは、ここの地元ルールが厳しすぎるから作ってるヤツなんだけど」

「地元ルール?」

「歩道橋の下はくぐるなとか、そういうヤツ」

「何故そんな物を?」

「覚えきれない、から? オレ三年前に引っ越してきたばっかだし、ここってほっとくと怖い話増えるからさ」


 「増えてはいねーよ」と直弥がそっと漏らせば、その声すら邪魔だと言うように少女が振り向きざまにギッと睨み、直弥は睨み返す。齋藤はといえば「自分は何も言っていません」と言わんばかりに両手を軽く前に突き出して身を引いていた。


「……。そうか。分かった」


 少女はそう言うと、もう一度椋伍を見下ろし人差し指を突きつけながらゆっくりと念を押した。


「それならば、それ以上増やすな、書き進めるな、捨てるな。時期が来たら預かりに行くから大事に持っていろ」

「もう今すぐにでも燃やしたいんだけど」

「お前ごと燃えていいなら好きにしろ」

「やっぱやめます」


 即答されても少女の口角はぴくりとも上向かない。始終機嫌の悪さを隠しもしなかった彼女は踵を返し、来た時と同じようにまたズンズンと歩を進めて教室を去っていった。

 しんと静まり返っていた教室が、ぎこちなく空気を動かし始める。

 やがてざわざわとお喋りの声で溢れたところで、ようやく椋伍は詰めていた息を吐き出した。


「こ……っわ。何あれ怖かった。ビックリするくらい美少女なのにそんなの消し飛んじゃったんだけど」

「何したんだよオマエ。アレが出てくるとかよっぽどだろ」

「なんでだよ、オレただの善良な市民なのに。てか直弥の知り合い? 流石にあの歳で年上に圧迫面接は、敵いっぱい作るから気をつけてって言っといて……オレもうこわい……」

「……椋伍。オメーまさか、アイツも知らねーの?」


 口元を痙攣させて動揺する直弥と絶句する齋藤に、椋伍が素直にこくりと頷けば


「あ゛ああああああッ!! お前!! マジで!! 何!?」

「あとで教えて」

「うるせェ!! カーチャンに聞け!! だぁあああも、クソがよォオオオオ!!」


 苛立ちが頂点に達した直弥の絶叫と共に、予鈴のチャイムが鳴った。

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