第5話 女子大生、特訓中。
「ほら、ここ間違ってる。1小節に音符何個入るのかちゃんと考えて。」
「私だって頑張ってるし!めーちゃん、もっと優しく教えてよ!」
「はあ?荒井からピアノの楽譜の書き方見てって行って来たんでしょーが!」
私はある大学の教育学部に在籍している。
まだ専攻は決まっていないが、選択肢の1つに幼児教育を入れている。
幼児教育専攻ではピアノが必須の科目になるので、教育学部のピアニストことめーちゃんに助けを求めた次第である。
めーちゃんは幼稚園から高校までピアノを習っている。対して私は大学に行ってからピアノを弾き始めた。
「えーと二分音符だから1、2、3・・・」
「荒井、実技はそこそこ弾けるのにね。」
「まじで!私のピアノ、そこそこ行ける?」
くすくす笑いながらお昼ご飯を持った笹川がやって来た。
「笹川、荒井のこと甘やかさないで!こいつ9月の実技で楽譜も演奏も完璧にしないと幼児教育専攻危ないんだから。」
めーちゃんの顔はやっぱり険しい。
「あーあ、いつもめーちゃんが弾いてるのイヤホンで聴いて自分で楽譜読むの頑張らなかったからだ〜。」
揚げたての唐揚げを頬張りながら他人事のように言う笹川。
「頑張ったよ〜、でも早く読めないからめーちゃんが弾いてるの聴いて読みきれないとこ補ったんだ〜!」
「てか荒井、楽器したことないんだよね?聴いただけで弾けるの?」
私自身も何で聴いただけでまあまあ弾けるのかは謎である。
「ない。でも小学校から合唱クラブ入ってた。」
音楽系でしたことがあるのは合唱クラブくらいである。
「へー?歌えるなら分かるけど・・・。」
「ピアニカで音取りしてたからかな?」
私のいたパートにはピアノを弾ける子がおらず、ピアノが弾ける祖母に教えてもらいながら音取り係をしていたことはある。
「それあるかも。楽譜読みつつでも片手ならちゃんと弾けるもんね。」
めーちゃんがピアノ絡みで私を褒めた貴重な1シーンである。
(ちなみにめーちゃんから褒められたのはこれが最初で最後である。少なくとも10年後まででは。)
「めーちゃんに褒められたでー!!!」
「早く書けっつの!」
「へい・・・。」
帰宅後、何となく弾きたい気分になりピアニカを出した。
♪〜♪〜♪〜
小学生の時を思い出した。
「次のとこはこんな感じ〜。」
小さい私がピアニカを弾く。
「日和(ひより)ちゃん、そこ速さ違くない?」
別パートの友達から声を掛けられる。
「ごめん、音しか聴いてこなかった・・・。」
「日和ちゃん吹いててね。私鍵盤弾くね。」
実はあんまり活躍してない音取り係だった気もしてきた。
でも七夕の短冊には毎年、「ピアノがじょうずになりたい あらいひより」とか「ピアノが上手な保育園か幼稚園の先生になりたい 荒井日和」って書いていた。
子ども達とたくさんピアノに合わせて歌いたかったんだろう。
今でも子ども達とピアノに合わせて歌いたい。
キーボードの前にめーちゃんと書いた楽譜を立てる。
初めは1小節ずつ両手で合わせる。
2小節、3小節と両手で弾く量を増やす。
大体両手で弾けるようになったら歌いながら弾く。
夏休み中、毎日ピアノを弾いた。
楽譜を先生に見てもらい実技の試験を受ける。
やるだけやった。私は頑張った。
達成感を胸に返却された楽譜に書かれた評価コメントがこちらである。
「大変よくがんばりました。演奏の速さが指定よりずいぶん遅いので直していきましょうね。」
やっぱり演奏の速さは鬼門だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます