第4話 クリーニング屋の仕事 夏。

「荒井ちゃん、見てごらん。」


店長が奥の棚から見せてくれた物がある。


「わー、可愛いですね!!」


子ども用の浴衣だった。白地に赤やピンクで花火が描かれていた。

流れで浴衣の取り扱いを習った。


1、浴衣はとりあえず1100円を前金として預かる。


2、仕上がり時にもっとお金が掛かったらお支払い頂き、安く済んだら返金する旨を伝える。


3、カゴに入れて工場に出す。


「これから花火大会あったり夏祭り増えるから頑張って。」


「はい。」


何となくそのあたりからクリーニング屋が忙しくなったような記憶がある。



「いらっしゃいませ。」

「荒井ちゃん、こんにちは。衣替えしたから今日はセーター5枚と子どもの制服出したいの。」

「ご確認しますね。1、2、3、4・・・5枚目がないようですが・・・」

「やだー!!あとでまた来るね。」

「分かりました。お持ちいただいた分お会計しますね。」

「ごめんね、お願い。」


「いらっしゃいませ。」

「荒井ちゃーん・・・、カーペットにコーヒー溢しちゃったんだ・・・何とかなるかい?」

「カーペットですね・・・。後払いでも大丈夫ですか?」

「お金は大丈夫だよ。」

「分かりました。もしうちで対応できない場合は親会社よりお客様にお電話いたしますね。」

「分かったよ。よろしくね。」


「いらっしゃいませ。」

「今日は荒井ちゃんか!助かった。」

「どうされました?」

「実は両替を頼みたくてな・・・」

「ああ・・・、両替・・・えーっと、対応すると本社から私が注意されるのですが・・・」

「荒井ちゃん、怒られるのか・・・」

「はい・・・」

「ごめん!両替はなし!今度洗濯物持ってくるよ!」

「お待ちしてます。」


「いらっしゃいませ。」

「荒井ちゃん!久しぶりね!!」

「お久しぶりです。」

「今日、社員の制服20着お願いできる?」

「分かりました。」

「衣替えがあるって辛いわよねえ。」

「ですね。衣替えあるとお仕事増えるからいいような悪いような。」


なぜ突然忙しくなるのか。

・・・クリーニング屋1年に2回の超大型イベント「衣替え」があるからなのである。


 正確には衣替えをした後の衣類を持ってくるお客さんが6月中旬から7月にかけて多かった。

この時期と冬の初めは1日50名くらいお客さんの対応をした。他の時期は多くても1日30名くらいだった。


 カウンターや棚、店員の休憩スペースになっている机まで預かった物でいっぱいになった。

対応して、番号札付けて、シール書いて、工場から戻った物を陳列した。

 

 減らない・・・

預かった物が片付かない、増殖してる気がする・・・


「ピ、ピ、ピ、ポーン・・・21時をお知らせします。」


BGMがわりに掛けているラジオの時報がなる。

 

 すでに閉店時間を2時間過ぎていた。

とりあえず店のシャッターは閉めたがどこまでやればいいんだろう。

今まで勤務時間で片付かない程預かったことはなかった。


 ピロリ、ピロリ・・・

急に着信音が鳴った。やば、マナーモードしてなかったんだ。急いで電話に出る。

祖母からだった。


「あ、もしもしお姉ちゃん?」


「おばあちゃん・・・。」


「お姉ちゃん、あんた今、CD屋さんでも寄ってるの?今日バレーボールの中継だって楽しみにしてたじゃない。もう始まったよ。」


帰りが遅いので電話をくれたようだ。


「おばあちゃあああん・・・」


私は泣き出した。

まさか19にもなって電話口で泣くなんて。


「お姉ちゃん?何かあったね!おばあちゃんがすぐ行くから、どこにいるか教えて。」


「バイトのお店にいるー・・・。」


ガチャン!と勢いよく電話が切れてしまった。


 私は泣きながら作業を続けた。

おばあちゃん、来るって言ってたけど去年病気してるし夜中だから無理だろうな・・・


ガシャンガシャンガシャン・・・


 不安な時は何の音を聞いても怖いものだ。

誰かが店先のシャッターを叩いてる・・・

涙が増量して来た。今日はなんてついてない日なんだ。


「お姉ちゃん!私よ。」

「あ、おばあちゃん!」


店に祖母を入れる。


「ごめんね、驚かせたね。」

「ううん、大丈夫・・・。」


「あら、お姉ちゃん、ずいぶん働いたね。」


祖母は大量の衣類を見て目を丸くする。


「これどうしようかな・・・」


すると祖母はカラカラ笑って言った。


「やあねえ、そんなの偉い人に連絡して『今日はできませんでした、すみません。帰ります。』って言えばいいの。」


「いいかなあ・・・。」


「いいに決まってるでしょ。頑張っても終わらなかったんだから。」


「うん・・・」


「早く連絡して帰りましょ。明日もバイトなんだから。」


祖母に促され今日の午前中勤務だった酒井さんに電話した。



「遅くにすみません。荒井です。酒井さんのお電話でしょうか。」

「こんばんは。荒井ちゃん?どうした?」

「実は・・・、番号札付け終わらなくて・・・。」

「え?今10時じゃん!まだ店なの?」

「はい・・・」

「やだ、もー、荒井ちゃんったら。翌日仕上げ分は付けてる?」

「順番にしてたからまだ付いてないです・・・。」

「明日は荒井ちゃん、10時からよね。じゃあ翌日仕上げ分は明日の朝、工場の人来る前に付けて頼めばいいよ。レジはもう合ってる?」

「はい。レジは閉店時間にすぐ合わせました。」

「レジだけあってれば大丈夫!それ以外は明日とか平日にうちらもつけるからもう帰ってね。」

「すみません・・・。」

「ううん、荒井ちゃんに無理せず明日に回せって言わなかったうちらが悪いんだよ。ごめんね、荒井ちゃん。」

「すみません・・・。」


電話を切ると祖母がレジ前のベンチで待っていた。


「ね、大丈夫でしょ。」


「うん、もう帰る・・・。ありがと、おばあちゃん。」


やっとバイト先から帰ることができた。


「お姉ちゃん、大人になったのねえ。」


帰り道で祖母がポツリと言った。


「え?」


「こんなに遅くまで働くんだ、大人だよ。」


「うん、そうだね・・・。」


私は疲れから何となく同意して歩いた。


 翌日酒井さんから連絡を受けたと言って本田さんが予定より1時間早く来てくれた。


「荒井ちゃん、大変だったねえ。」


「お疲れ様です、すみません早く来ていただいて。」


「全然だよ。これからは捌けなかったら通常仕上げは次の日に回していいからね。」


「はい・・・、すみません・・・。」


 後日店長からも呼び出された。


「荒井ちゃん、この前は大変だったね。」


「はい・・・、でも皆さんのお仕事増やしちゃった・・・。」


「何言ってんの!1年目でよくやったよ。」


「ありがとうございます。」


「もう無理しないでね。」


「はい。」


・働きすぎると他の人に心配をかける。

・勤務時間を過ぎたら翌日に回してもいいか上の人に聞く。


 働く上ですごく大事なことを学んだ。






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