第3話 来訪者

「あ、もうこんな時間だ。帰ってやれるとこまで仕上げないと。」


「ん?あぁ、そうだな。エルヴィスだけに押し付けちまったら可哀想だ。」


 アルがふと、懐中時計を見ると17時前になっていた。


 なんだかんだで談笑してしまった。

 よし、お腹も膨れたし仕事をしよう。


「アイリスさん、お勘定をお願いします。」


 席を立ちながらそう告げると、アイリスさんは微笑みながら言った。 


「今日はお近づきの印ということで私の奢りだ。なに、気にすることことはないよ?こう見えて儲けさせてもらっている。」


「え、でもあんな高そうなお肉を頂いてしまっては。」


「ふふっ、本当に良い子だね?君は。私も楽しませてもらったからそのお礼さ。また何か面白い話を聞かせておくれよ。」


 愉快そうにアイリスさんはそう言う。

 ううん…見合う対価をお渡しするのは、技師としては当然の話なので迷ってしまう。

 

 そう迷っていると、父さんが口を開いた。


「あー、お前が言いたいことは大体解る。良いんだよ、対価はお前と会って楽しく話ができたことなんだってアイリスも言ってるだろ?まだまだガキなんだから甘えとけよ。」


「ガキって…僕はもう17なんだから。それに工房も持ってるし。」


「いいや!ガキだな!アイリスの矜持を受け取らずに固辞するのはまだまだ大人の世界が解ってねぇってこった。んじゃ、御馳走様だ、アイリス。」


 そう言うと父さんは僕を引っ張って外へと出ていく。

 アイリスさんはその様子を黙って愉快そうに眺めていた。


──────


 工房に戻ると、師匠が遠慮なく寛いでいた。

 まぁ確かに好きにしろとは言っているのだがそれにしたって凄まじい寛ぎっぷりだ。

 コーヒー片手に本を読みながらレコードを流している。

 クラシックがお好きなのだろうか?

 かなり優雅な光景が広がっている。


「エルヴィス、相変わらずだな。」


「おや、エドワードさん。ごきげんよう。」


「お前は色んな意味でゴキゲンだな……。」


「はっはっはっ、自由に生きているもので。」


 そんな会話を交わしながら、父さんと作業の準備にかかる。

 すると、エルヴィスがいつもの飄々とした様子で告げる。


「あぁ、アル。とりあえず大掛かりなものは大抵片付いたよ。」


「え。流石に早すぎませんか?」


「何を言っているのやら?必要な部品はほとんど君が終わらせていたから私は組み立てただけだよ。」


「すみません、なんだか押し付けたみたいになってしまって……。」


 そう言いながらアルは作業机に座る。

 なるほど、確かに部品はほとんど終わっていたようだ。


「じゃあ、とりあえずこの大物を1つ終わらせて仕舞いにしましょう。」


「うん。それが良い。……少しは休めたかい?もうすぐ出発の日も近いのだからさ。」


「……はい。」


 あぁ──そっか──

 いや、解っていた。

 解っていたけど、見ないフリをしていた。

 だから、仕事もせずにひたすらあれを造り続けていた。


      

 おばあちゃんの命日が近付いていた。



「今年でちょうど10年目かな……早いものだ、時の流れというものは。」


「あぁ………。」


 師匠の言葉に父さんの表情も少し曇る。

 まぁ、そうだよね。

 それほど僕ら家族にとって衝撃的な出来事だった。


 優しい人だった。

 強い人だった。

 明るい人だった。

 厳しい人だった。

 綺麗な人だった。

 変な人だった。


 幼かったとはいえ、おばあちゃんと過ごした日々はとても印象に残っている。

 10年経つ今でも引きずってしまう程には。


「一応、確認しておくけど行くのだろう?お墓参りと里帰りに。嫌と言っても連れていくけどね。お祖父様とも約束してしまっているし。」


「…はい。悲しいけれど、忘れたいわけでもないんです。僕がまだ弱いから、受け止められないままなんだなって最近思うようになりました。」


 そうなんだろうな。

 僕が弱いから、まだ認めたくないから。

 だからこうやって辛くなる。


「まぁ、義母上どのは毎年楽しみにしてるぞ絶対。」


「うん、わかってるよ父さん。」


 だからそんなに心配そうな顔をしないでよ。

 みんな優しいから甘えたくなってしまう。

 僕にはそんな資格は無いのに。


「とにかく!すぐに仕事を終わらせましょう。細かい話はそれからです!」


「…そうだな。んじゃあ、とっとと今日の分を終わらせちまおうぜ。」


 父さんが同意してくれると、師匠も本を閉じて立ち上がり、にこやかな笑顔で頷いた。


 そこからはひたすら作業だ。

 僕が仕上げた部品を師匠と父さんで組み上げる。


 そうしていると、左手のガントレットからギシギシと音が鳴った。


「あ……っと…。しまった。メンテナンスしてなかった。」


 そう呟き、アルは左手に固定している螺子を回して外していく。

 そしてガントレット──いや、左前腕部を取り外した。


「師匠、すみません。1人でも出来るんですが時間がかかるので義手に油をさすのを手伝ってもらえますか?」


「ん?あぁ、いいとも。その腕の調子はどうだい?ついでにメンテナンスしようか?」


「あぁ、いえ、定期的にやっているので大丈夫です。むしろ、僕としては左目の方が気になっているんですが…。」


 左眼の赤い瞳がエルヴィスを見つめる。

 一見すると普通の目だが、よく見てみれば無機質のレンズのような光を返している。


「あぁ、そっちは心配ないよ。なんせこの私が造り上げた最上級の逸品だからね。君が死ぬまでメンテナンスは要らないよ。」


「むしろそれがどんなメカニズムか知りたくて外してみたいんですけど……。」


「あぁ、それは無理だね。私にも取り外せない。と、いうか無理に外すと君が死ぬ。脳に直接繋げているから。」


「うーん……。」


 そう、僕の左手と左目は魔蒸機械だ。

 幼い頃に起こった事件で失った。

 それと同時におばあちゃんも喪った。

 これは、僕が弱かった罪の証だ。


「まぁ、腕の方は私になんか頼らずともアル自身でもっと凄いのを造って交換してもらって構わないよ。そのための研究でしょう?」

 

 師匠が不敵な笑みでニヤリと笑う。

 うーん、やっぱりこの人に隠し事は出来ない。


「えぇ、まぁ、構想は出来てるんですけど…動力の小型化がなんとも難しくて……。」


「ん?それはつまり左腕だけのために外付けの動力を付けたいってこと?……細かい作業のために、指先まで感覚のある神経接続式の腕なんだからそういう物騒なものは止めといた方が良いんじゃ……。」


 エルヴィスがエドワードの方へ「おい、父親、止めなさいよ」というような視線を送る。


「無駄だ。俺が言っても変わらねぇ。こうなったら梃子でも動かねぇよ。ったく、一体誰に似てこんなに頑固なんだか。」


「だから、父さんでしょ。」


 エルヴィスは肩をすくめて苦笑した。


──────


 アル!見てくれ!新しい魔蒸機が出来たぞ!その名も「全自動洗濯機」だ!

 これをこうすると…なんと!勝手に洗って勝手に乾かしてくれるんだ!

 まぁ、力加減が下手でナイーブな布は全部破けてしまうんだけど…。

 だが!これが改良出来れば世界の主婦の救世主だ!


 ん?ナイーブな布じゃなくてもしわくちゃのまま乾かしてるから意味がない…?


 ………いや!なんなら乾燥は自分でやればいいんじゃないか!うん!そうしよう!


 ……全自動じゃないじゃん……?

 ………………。


 やっぱりアルはかしこいな!

 これは止めよう!




 懐かしい夢。

 毎日ヘンテコな機械を造っては僕に見せてくれるおばあちゃんの夢。


 確かにヘンテコなものが多かったけど、それを造ってる時のおばあちゃんは凄く楽しそうだった。


 でもたまに、とても真剣な表情で見たことがない、新しい動力の研究をしていた。


 そう言えば、電気の研究もしてたっけ。

 でも、すぐに諦めてた。


 「実験結果に均一性が無さすぎる」

 「どの試験も再現性が全く無い」

 「成功したと思った次の日には同じ結果が得られないようになっている。」


 とかなんとか。


 とても変だけど、とても優しかった。


 僕にとってはほとんど母親代わりだった。


 一度、僕が重い風邪をひいた時は僕の方が心配になるほど慌てていた。

 止めるおじいちゃんの言うことを無視して、僕を抱えてあんな辺境の村から首都までずっと走り続けた。

 その間ずっと「死なないで!お願いだから…」って泣いてた。


 街に着いて、お医者さんから凄く怒られてたっけ。

「こんな小さな子にそんな移動の仕方をして負担をかけるな!」って。


 普段はあんなに強いおばあちゃんもその言葉には泣きそうな顔で「ごめんなさい」って言ってた。

 あまりにも可哀想で、僕が「大丈夫だよおばあちゃん。ありがとう。」って言ったら、わんわん泣いちゃった。


 でも、そんなおばあちゃんが大好きだった。

 綺麗で強くて、優しくて。

 だから、そんなおばあちゃんみたいになりたくて、魔蒸機のことを沢山教えてもらった。


 最初は凄く厳しかった。

 今なら解る。

 魔蒸機に触れるということはとても危険なことだから。

 ひとつ間違えれば怪我をするし、もしかすると命も落とす。


 でも、それでもあの時の僕は、おばあちゃんの新しい左腕を造ってプレゼントしてあげたかった。


──────


 「ん………。」


 眠りから覚醒する。

 時計を見るとまだ深夜2時。

 

 「………ふぅ。」


 やっぱりあの頃の夢を見ると今でも辛くなる。


 「……よし。」


 なんか眠たくないし二度寝って気分でもない。

 ランニングでもしてこよう。

 心を無にするのと同時に、誰かを守れる体力を得られる。

 良いことづくめだ。


 そう思い、居住空間である2階から降りていく。


「うーん…。どうせ汗かくし魔蒸機関を使うから熱もそこから取ればいいやって工房の方にシャワーを付けたのは失敗だったか…。」


 そんなことを呟きながら店舗受付の方へ階段を降りていると、ドアが激しく叩かれた。


「すみません!どなたかいらっしゃいますか!助けて下さい!」


「え………?」


 ただ事ではないと思い、すぐに扉を開ける。

 そこに、狼狽えた様子の女性が居た。


「あ……!た、助けて下さい!追われていて……!一晩で構いません!ここに置いて貰えませんか?!」


 とんでもないことを口走りながら。

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