第4話 話し合い(物理)
─なんだって?
目の前の女性は何と言った?
「追われている」?
何に?
と、いうかナニコレ?
唐突過ぎる出来事にアルは思考が停止するが、女性は焦れるように請う。
「お願いです!助けて…!このままだと私…!」
……演技にしては鬼気迫っている。
この顔立ちは東洋産まれだろうか?
「ええっと…あの…?事情が全くわかりませんが…。」
「ごめんなさい…!でも、もうすぐそこにまで来てるんです…!お願いします、一晩中とは言いません、少しの間だけでも…!」
カタカタと小柄の身体を震わせながら、彼女は請う。
う、そんな眼で見つめないで欲しい。
これが詐欺だったら僕はまんまと騙されてしまう。
何に追われているのか?
そもそも貴女は何をしたから追われているのか?
聞きたいことが山ほどあるのだが彼女はそんな暇が無いと言う。
さて、どうしたものか。
と、そんなことを考えていると下品な声が聞こえた。
「見つけたぞ!逃げやがってこのアマ…!大人しく俺らの飯の種になってりゃ手荒なことにはならねぇんだよ!」
2、3メートル離れたそこに居たのはあからさまな、ならず者3人。
身に付けた古びたハット、汚ならしいジャケット、切り揃えられていない無精髭…。
今時そんな格好してるのはあんた達だけだよと言いたくなるほどの下品な格好だ。
むしろ最近の本職の方々はビシッとキマッたスーツを着込んで身だしなみが洗練されているのだがこの人達は一体どんな田舎から出てきたのか。
ここまで露骨にならず者だとすぐに警察官のお世話になりそうなものなんだけど。
「おう、クソガキ、災難だったな?そんなバカ女に言い寄られてよ。黙ってこっちに渡しな。そうすりゃ悪いようにはしねぇ。」
なんと台詞まで前時代的とは恐れ入る。
だけど、この人達にはわかっていないことが1つある。
僕が味方をするのはどちらなのか決定的になった。
この女性がかわいそうだとか、そういった善意的なものではない。
ただ単純に僕はこういった人が、殺したい程嫌いなのだ。
あの日から。
「ええと…そう言われても全く事情がわからないのですが…。何も知らない第三者から見ると圧倒的に貴方達の方が悪者ですよ?」
だが話し合いで解決するのであればそれに越したことはない。
内心それはもうぶっ飛ばしたい気持ちがふつふつと沸いてくるがそれはグッとこらえる。
アルバートは外面が良い子なのだ。
「あぁ?てめぇに関係ねぇだろうが?いいからその女寄越せ。これ以上ごちゃごちゃと俺らに楯突くんなら痛い目みるぜおい。」
と、凄んでくるがそんなものは無視する。
……うん、流石に工業区とはいえこんなところで銃を撃つつもりはないらしい。
と、いうか銃らしきものが見当たらない。
隠している可能性は高いが、流石にこの街へこんなあからさまなのが来たら、街を出るまで衛兵が武器類を取り上げるか…じゃ、いいか。
「あー…しかしですね。こうやってしっかりと巻き込まれている以上は事情ぐらいは知りたいってもんじゃないですか?流石にこの状況で赤の他人ってのは無理があると思いませんか?」
いやいや、まだだ。
まだだよアルバート。
お前は我慢が出来る子さ。
「おい、俺らは黙って渡せっつったよな。舐めてんのかクソガキ。」
うふふふふふふふふふ。
もう駄目かもしれない。
「有り体に言えば、はい。勿論舐めていますし軽蔑してますよ。ついでにその汚い口から出る汚い言葉で耳が汚れるとも思ってます。」
「…上等じゃねぇか!てめぇ殺した後にその家にも火着けてやっから覚悟しろや!」
あー…これだよ……。
そんな脅ししてる暇あるなら黙って殴りかかった方がよほど意味があるのに……。
なんだろうな、こう、馬鹿過ぎてホントに腹が立ってきた。
「ガタガタうるせぇよ。吠えてる暇があるならとっととかかってこいよ歩く汚物。」
あ、口が勝手に。
「舐めてんじゃねぇぞクソガキぃぃいいいい!」
真ん中に立っていた三人組のリーダーらしき汚物が掴みかかろうと走ってくる。
それを見た他の2人も走ってくる。
「そりゃ距離が少し遠いんじゃないのっ…と。」
アルは女性をドアの内側へと引っ張り込み、代わりに自分が表に出る。
その後すかさずドアを閉めると、背中越しで壁の向こうにいる女性へ話しかける。
「すぐに片付けるのでドアをしっかり閉めて待ってて下さい。」
女性の返事を待たず、地面を踏み込み、先頭の男へ肉薄する。
振りかぶってきた右の拳を、アルは懐に入り込みながら右手で軽くいなすと同時に
、左の拳を顎に突き刺す。
「まず1人。アドバイスをするなら、そんなに大きく振りかぶっては隙が多すぎるのでオススメしません。聞こえてないでしょうけど。」
顎を的確に打ち抜かれた男が気を失うと、いなしていた右手で、手首を掴む。
そして掴みかかろうとするもう1人の男へ投げつける。
「気を失った人間は思った以上に重いですよ。」
アルの言葉通り、投げつけられた男はバランスを崩し倒れこむ。
その光景を見ていた最後の1人は一瞬怯んだが、殴りかかってくる。
「壁際でそんな大振りをしてはいけません。こうなります。」
男が放った左の拳に対して、男の左腕の外側にステップ移動。
その瞬間に右手で手首を掴み、左手を男の後頭部に添えると、そのままの勢いで壁に打ち付ける。
ガツンと鈍い音がした後に男は崩れ落ちる。
時間にしてほんの数秒の短時間でこの惨状が出来上がった。
「さて、残るは1人…。」
そう呟くとアルは気を失ったリーダーらしき男に倒れかかられ、未だにそこから脱出しようともがく男へと歩み寄る。
「た、助けてくれ!謝る!女も見逃す!だから殺さないで!」
……最後まで絵に描いたような三下の台詞が出てくるなんて驚きだ。
だけど、許すつもりもない。
「ちょうど良い、実はこの左腕に試作の機能が付いてまして。その威力を生物でも試してみたいんですよね。どうです?一瞬だから痛くないですよ、多分。」
「やっ、やめ…!」
ゴン!と鈍い音が響く。
「なんて、冗談ですよ。……どんなに憎くても僕に人は殺せません。」
鈍い音は男の頭の真横にある地面から放たれていた。
だが、それがとどめとなりならず者達全員が気を失った。
──────
「博士………。」
街の衛兵さんが呆れたような様子でそう言う。
いや、はい。
ごめんなさい。
ちょっとテンション上がってしまって…
武術の師匠が「修行が足らんネ!」と言っている様子が頭に浮かぶ……。
ごめんなさい師匠……今度はもっとスマートに話し合いを……
「いや、えぇ、街の者としては大変助かりますよ?ですが…ねぇ?なんというかここが殺人現場にならなかったのが不思議で仕方ないのでは?」
「はい……ごめんなさい……。」
「えぇ、えぇ、お気持ちはわかりますとも。私共も日夜こういった者達と戦っているので、痛い程に気持ちがわかりますとも。」
「はい……。」
「ですが、格闘戦を目撃した者の話によると、喧嘩というより一方的な蹂躙でならず者の方がかわいそうになる程の惨状だったということでしてね。」
「はい…。」
そりゃあ、あんだけ騒いでたら夜中とはいえ誰かが見てるよね……。
「はぁ…。良いですか博士。こういった者達の相手は私共の役目です。ですので、今回の場合、博士が取るべき行動はこの出入口に備え付けられている警報器を作動させることでしたよね?」
「えぇ…重々承知しています……。」
「博士が戦える相手だったから良かったものの、これが手に負えないような者だった場合どうするのですか。いえ、正直なところ博士とエルヴィスさんの手に負えない者が街に入り込んできたら大惨事なのですけれども。」
「…はい……。」
「ですが、博士も我々が守るべき街の住民なのです。まだ若い御身に何かがあっては遅い。そのために我々が居るのですから
。」
「ごめんなさい…。」
「よろしい。では、我々はこれで……本当のところ、追われていたとされる女性に事情聴取を行いたいのですが……。まぁ、博士のご親族ということなので色々と事情がおありなのでしょう。国家代表からは本件に関しては不干渉であれとの仰せですので失礼致します。」
「……えぇ、ご苦労様です。次は、必ずお知らせするので。」
「是非とも、そうして下さい。では。」
衛兵隊長はそう言うと敬礼をし、気を失ったならず者達を担いで去っていく。
「さて………。」
アルは玄関のドアに手をかけ、工房兼自宅へと入る。
入ってすぐの受付窓口の奥にある来客室へ向かうと、そこには3人の人物が居た。
1人目は父親、エドワード・ライト
2人目は師匠、エルヴィス
3人目はこの夜更けに突然現れた女性
3人はテーブルにつき、コーヒーを飲んでいた。
アルが部屋に入ってきたことに気付いたエドワードが言う。
「おう、事後処理終わったか。お疲れさん。」
と、空いている席にカップを置きコーヒーを注ぐ。
「うん。流石にちょっと怒られたけどね…。」
「たりめーだ。こんな夜中に何してんだ。」
「面目次第もございません……。」
「ははは。今日は謝ってばかりだな君は。でもまぁ良いんじゃないかな?年相応のやんちゃは若者の特権じゃないか。」
そう言いながらからからと笑うエルヴィス。
……そういえばこの人出会った頃から見た目が変わってないんだけど実際は何歳なんだ?
前に聞いたことあるけど誤魔化されて結局知らないんだよなぁ……。
世の中には不思議がいっぱい……。
「あ、あの……。」
女性が口を開く。
3人の視線が集まり、居心地がかなり悪そうだが次の言葉を続ける。
「助けていただいて、本当にありがとうございます……。それに、事情聴取の免除の対応まで……。」
「あぁ、いえ、助けたというよりは結果的にそうなっただけというか……。それに、事情聴取の免除に関しては僕の考えではありませんし。」
そうだ。
通常であれば彼女は衛兵の手により保護されるのが筋なのだが、それを拒んだ。
この時点で大体想像がつくのだが彼女は不法入国者なのだろう。
こんな工業区のハズレにある工房なんかに来ずとも、手近な衛兵に助けを請えば良かったのだ。
それをしなかった。
つまりはそういうことなのだろう。
でも、師匠の考えは違ったようなのだ。
だから師匠はこの家の立場を利用して、彼女を衛兵に渡さない判断をした。
その理由を今から聞かなければいけない。
彼女自身のことも。
あー……長い夜になりそう……。
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