#6 重なる旋律、その道の先に 〜Symphony of Septet〜
PM21:30 Blitz内 A3スタジオ…
「もう一度確認するわよ。原曲を聴くのは1回だけ、練習も1回。ファーストテイクでこの曲を完奏する事、いいわね?」
自分のiPhoneをミキサーに繋ぎ、足を組んで説明する氷華。
その目は少し冷ややかで、だがどこか期待を寄せる目をしていた。
「わかりました。お願いします…!」
莉沙はやる気に満ちている。
譜面を見た瞬間は少しギョッとした顔ではあったが、完奏しようと各種難点フレーズをピックしている。
「じゃあ、流すわよ。」
そう言って氷華はトラックを流し始める。
BPM215の3/4拍子、いわゆるワルツのビートに合わせてメロディアスなギターの超絶技巧フレーズが流れ込んでくる。
中世ヨーロッパの様式美をイメージしたこの曲に、現代的なメカニカルフレーズが合わさり、とてつもなく難易度の高い曲に仕上がっている。
「これが氷華先輩の練習曲…凄い…」
莉沙は少し驚いた様子を見せている。
自身も弾いた事が無いようなレベルのフレーズの嵐に目を輝かせてはいるが、やはり少し戦慄している様だ。
「…やめるなら今のうちよ。」
「いいえ、やめません…!弾きます!」
トラックは一周した。
ここからは莉沙自身との戦いだ。
「……いきます!」
そう言って自分のギターを構える。
普段はフライングVを使っているが、今日の莉沙はヘッドレスギターを持ってきていた。
「…へぇ、ギターは一丁前にいいの使ってるじゃない。」
Strandberg Boden OS6をベースに、莉沙自身のカスタムオーダーを施した特注品。
いわゆる「オーダーメイド」という部類のギターだ。
純白のボディにフロントはP90、リアはハムバッカー。
氷華と同じくLED指板に加え、キルスイッチまで付いている。
メインのフライングVも同じ仕様だ。
譜面を見ながらギター抜きの音源に合わせ、淡々と弾きこなす莉沙を目にし、氷華は驚く。
(この子…本当に初見で弾いてるの…!?ここまで弾けた子は初めて見たわ…)
畳み掛ける様なタッピング、そして随所に散りばめられたメカニカルフレーズとスウィープ…
それらを譜面を見ながら初見で弾きこなす莉沙。
とても初見とは思えない順応力で、氷華の課題をクリアしていく。
(ここを弾き終えたら…D.S.で8小節前に戻る…その後は2カッコで残り16小節に飛ぶ…!)
1番の難所を弾き終え、曲も最終フレーズ。
莉沙の演奏にも熱がこもる。
氷華はその熱にあてられていた。
(この子なら…私の隣を任せられる…。限りなく正解に近い逸材だわ…)
キュイーン!!ジャーン………
「…はぁ…はぁ……弾き、切りました…!」
肩で息を切らしながら、3分30秒の氷華の課題曲を弾き切った。
その顔は少し不安を隠しきれていなかった。
「…………どうですか?氷華、先輩…!私、弾き…!」
莉沙は立ち上がろうとした瞬間、よろけて氷華に倒れ込む。
「っと……」
氷華は莉沙を受け止め、その手で優しく抱きしめた。
「氷華、先輩…?」
「……私は、きっと貴女を待っていたのかもしれないわ。」
そう言って莉沙の頭を優しく撫でる。
その顔は普段皆には見せない様な、優しい表情だった。
「合格よ、歓迎するわ。莉沙。」
「それじゃあ…!」
「ええ、嘘はつかないわ。ようこそ、私のバンドへ。」
こうして、また1人メンバーが増えた氷華のバンドであった。
22:30 Blitz ロビー…
「お、出てきたぜ。」
「どうだったの?ひーちゃん。」
彩葉と桃香が歩み寄る。
「……まさか、弾き切ったのか?」
氷華の表情を見て何かを察したのか、茜が口を開く。
「………ええ。限りなく私が求めていた人材に等しい逸材だったわ。」
氷華はフフッと、満足気な笑みを見せた。
「氷華が…」
「…笑った!?」
驚く彩葉と桃香。
氷華が笑うのはかなり珍しいのだろう。
「それじゃあ、いいんですのね?」
葵も歩み寄り、氷華に確認する。
「…ええ。むしろ、この子以外に任せられる人は六以外居ないわ。」
「…決まりね?」
翡翠も同意する。
「この7人で、NEXT AGE FESに出る。今以上に練習ハードにするから、覚悟しなさい。」
氷華の目は、これまで以上に静かに燃えていた。
この7人なら…勝てる。
そう感じているのだろうか、氷華は静かな闘志を顕にしていた。
「氷華先輩、それで…バンド名って、決まってるんですか?」
莉沙はおずおずと氷華に問う。
氷華はそういえば…という顔で指を口元にあてる。
「…決まってない、わね。」
「そーいえばそーだね?」
氷華と桃香は顔を見合わせる。
「……逆に5年間バンドやってて何も決めてない方が凄いわ…」
翡翠はやれやれといった顔だ。
「決まってないなら…1つ案があるんですけど…」
莉沙は続ける。
「…聞かせてくれるかしら?」
「氷華先輩のトレードマークにもなってる、蒼薔薇から取って…」
一同は期待の目で莉沙を見つめる。
「ViViD Blue Roses、とか…どうでしょう?」
「……いいわね、採用。」
即答だった。
一同も納得の名前だったのか、同時に頷く。
「よかったです…!」
「これからよろしくね、莉沙。」
氷華はニコ、と微笑む。
「はい!」
ここから、氷華達の激動のバンドシーンが幕を開けるのであった……
翌日 AM6:45 氷華の部屋…
ピピピピッ…ピピピピッ…
無機質なアラーム音が今日も部屋に鳴り響く。
「んぅ……もう朝……」
書きかけの五線譜が散らばった机の上で目を覚ます氷華。
莉沙、葵、翡翠がバンドに参加した事で、これまでの曲に各パートを追加しているうちに寝落ちしてしまったらしい。
「ん゙ん゙っ゛……はぁ。騒がしくなるわね…このバンドも…」
五線譜を見つつ、どこか満足気に微笑む氷華。
「あの子の音によっては、機材入れ替えも有り得るわね…今日あたり、早速誘ってみようかしら…」
シュル…と着ている服を脱ぎ、そう言いつつ制服に着替え始める氷華。
「ちゃんと学校、行かなきゃね…」
着替え終わって、タタタッと階段を降りる。
「おはよう、お母さん。」
「あら氷華、おはよう。珍しく早いじゃない?学校、今日も行くの?」
氷華の母は珍しそうに氷華を見る。
「うん。…私を待っててくれる人が、出来たから。それに…六も、いるし。」
少し恥ずかしそうに顔をあからめる氷華。
それを見た氷華の母は、ニコリと微笑む。
「フフッ…氷華もようやく女の子になってきたわね。母さんにそっくり。」
「やめてよ、もう…」
そう言ってトーストを手に取り、家を出る。
「じゃあ、行ってきます。」
春はまだ始まったばかり。
眩しい春の陽気を浴びながら、トーストをかじりつつ、ギターとエフェクターボードを片手に家を出る氷華。
NEXT AGE FESに向けて、静かな闘志を心に秘めつつ、今日も学校へ向かう氷華なのであった…
to be continued…
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