#5 新たな旋律 -a new symphony-
PM17:00 リハーサルスタジオ「Blitz」内
E2スタジオ…
「全部セッティングして貰ってるから、各自機材繋いでチェックして。」
茜が先導して機材のチェックを進めるメンバー一同。
「茜、私のアンプ追加してあるわよね?」
「あ…悪ぃ、今日レンタル出てたみたいで代わりのアンプなんだ…」
申し訳なさそうな顔で氷華に謝る。
涼しい顔で氷華は準備を進めている。
「そう。で、代わりはこれ?」
そう言って指をさしたのはフロントパネルが蒼く光るアンプ。
Hughes&Kettner Triamp mk.3。
ドイツ製のハイゲインブティックアンプ。
滑らかな粒立ちの細かい歪みと、音の立ち上がりの早い艶やかな音色が特徴のスタックアンプだ。
「そう、それ。音的にも気に入るかなって思って最近店に入れてみたんだ。」
「ケトナーね…悪くないんじゃないかしら?試しに使わせてレビューを聞こうって魂胆?」
しゃがみつつ怪訝そうな顔で茜を見る氷華。
「はは、さすがにお見通しか。」
「いいわよ、別に。試したかったし。」
そう言ってエフェクターボードを開ける。
ワウペダル、歪み、各種空間系、スイッチャー…
とても高校生とは思えない代物まで入っている氷華自慢の足元だ。
「相変わらずひーちゃんのその棺桶ボードの中身、凄いよねぇ…モモも大っきいの作りたいなぁ…」
指をくわえて見に来る桃香。
桃香のボードは必要最低限のコンプと歪みとEQ、そしてフィルターが入った小さなボードだ。
十分取り回しのいいボードだが、やはり沢山エフェクターの並んだボードに憧れる様だ。
「モモのボードだって十分いいじゃない。わざわざこんなに大きくし過ぎるのも後で重くてゴネるのが目に見えるわ。」
「むぅー…そーかもしれないけど羨ましいんだもん!」
「じゃあ大きくしてみる?毎回バス乗り降りする時に持ち上げて降りれるかしら?」
「う…絶対無理だからやめとく…」
どうやら諦めたらしい。
「どーでもいいけど、早く始めようぜ?時間もったいねぇよ。」
痺れを切らしたのか、彩葉が急かす。
ドラマーはスティックとペダルとスネアを用意するだけで準備が整うのだから無理もない。
「ごめんなさいね、始めましょうか。」
ズクジャーーン!!!ギュゥン!!!
氷華も音出し確認を終え、いつもの演奏する時の凛々しい顔になった。
空気が一瞬にしてピリつく。
「空気が変わりましたわね…」
「これが…バンド…」
見学で入った葵と翡翠も、空気の変化を感じ取る。
「どれからやる?氷華。」
茜が振り返る。
「そうね…じゃあ、Acid Rainから続けてAncient Angel、その後Jupiter、Loud Louder Logic、あとは新曲練習で。」
「前回のセトリのおさらいからの新曲練習ね、オッケ。」
淡々と返す氷華にウィンクで了解する。
彼女達のバンドは「ゴシックヴィジュアル」という部類に入るバンド。
仄暗く、優雅かつ甘美でメロディアスなハイスピードの曲をメインに置いている。
ここに上がった曲は全てハイテンポのメロスピ曲だ。
──降り注ぐAcid Rain 傘もなく立ち尽くす
──それは冷たく身体を貫き 心まで溶けていく…
茜のアカペラから始まり、4カウントで演奏が始まる。
氷華の刻む力強い16分のパワーコードのリフに、呼応して応える彩葉のフィル。
そしてそれに続いて歌う様にうねる桃香のベース。
それを聴いて葵と翡翠も戦慄する。
「これがあの子の作った曲ですの…!?」
「凄い…とても高校レベルの曲じゃないわよこんなの…!?」
演奏は止まることなく続く。
駆け抜ける様なハイテンポのメロスピフレーズ、テクニカルなギターソロ、アクセントの様に刻むスラップフレーズ…
どれをとっても、そこいらの高校レベルの代物では無い曲の完成度だ。
しかし、葵は何かを感じ取ったかのように静かに目を伏せる。
「なるほど…これは…」
「どうかしたの?葵。」
「分からないかしら?彼女達の音楽に足りない物が…」
目を伏せたまま笑う葵。
だが翡翠は小首を傾げている。
「足りない物…?」
「そう。」
ジャーン……ドドドッ…
一通りセトリのおさらいが終わった様だ。
聴き終えた葵が拍手と共に口を開く。
「…見事ですわ、さすが氷華さん。」
「何よ…何か言いたそうな顔して。」
氷華は少し不服そうな顔で葵を見る。
「貴女達の音楽、とても完成度が高く素晴らしい楽曲でしたわ。ですが、このままではNAFではきっと勝ち残れませんわ…」
その一言で一同は一斉に葵を見る。
「どーして!?」
「…どういう事だよ。」
「アタシらの曲にケチつけようっての…?」
「………聞こうじゃない、何が言いたいのよ。」
一瞬にして空気が重くなる。
そんな空気を意にも介さず、葵は続ける。
「今の貴女達には、圧倒的に音数と音圧が足りない。」
「なっ………!?」
「…………1発で見抜きやがった!?」
茜と彩葉は意表を突かれた様に驚く。
「…へぇ。さすが葵、分かるんだ。」
氷華は分かっていた様な顔で返す。
自分の曲に足りない物がある事を、1番理解しているのは作曲者たる氷華だ。
何ら不思議な事では無いが、若干悔しそうだ。
「えぇ。これでも紛いなりに音楽はやってますから…」
「じゃあ、私の曲に足りない物。何か当ててご覧なさいな。」
あくまでもプライドがあるのだろう。
言われっぱなしにはなりたくないのか、挑戦を煽る。
「そうですわね…少なくともギターはもう1人欲しいですわね。あとは…ストリングスとキーボードがいれば良い感じに纏まるのではなくて?」
フフ、と不敵な笑みを浮かべる葵。
それを見て氷華は目を伏せる。
「なるほどね、そこまでお見通しってワケ?」
「あくまでも私個人の意見、ですけど。」
「……正解よ。伊達に聴いてないね、私の曲。」
情けなく笑う氷華。
「けど、その問題なら心配いりません事よ?」
「…どういう事?」
「私達がメンバーになれば、ストリングスとキーボードは解決しますわ。」
「………ハァ!?」
「えぇ!?ちょっ…何言ってんのよ葵!?」
飛び火してますよ!と言いたそうな顔で口を開く翡翠。
「あら?コンクール優勝常連の翡翠なら、力添え位は出来るんじゃなくって?」
「いや、私これでも忙しいんだけど…」
「『私も氷華の力になるって言ってるじゃない!』って言ってたさっきの翡翠は何処に行ってしまったのかしらねぇ〜?」
クスッと笑いながら翡翠の真似をする。
口を開けたまま赤面する翡翠。
「聞いてたの…!?」
「たまたま、ね?フフ。」
「………はぁ。…本気?私、シンセなんかあまり触れた事無いのだけれど?」
「音作りは氷華さんに聞けば良いのでは?」
「ぐっ…分かったわよ…私で良ければ付き合うわ。拒否権、ないんでしょ?どうせ。」
呆れ返る翡翠。
どうやら腹を決めたようだ。
「いや待ってよ…私まだ入ってくれとは一言も」
「……勝ちたいのでしょう?」
真摯に見つめる葵。
「…………えぇ。」
「なら、決まりですわね。」
葵はそう言って手を差し伸べる。
「…………後で後悔しても知らないから。」
「フフ、そうさせないようにしてちょうだいな?」
「私が入る以上、風紀の乱れは許さないし、負ける事も許さないから。覚悟するのね、氷華。」
「はぁ……頭が痛い……」
「うげ……モモの自由なバンド生活が……」
頭を抱え、苦悶の表情を浮かべる桃香。
「特に桃香さん!貴女の素行は正させて貰います!」
翡翠は桃花に指をさし、宣言する。
「いーーーやーーーだーーー!!!!!」
ジタバタと地団駄を踏む桃香を横目に、彩葉と茜もヤレヤレと言った顔で諦める。
またしても波乱の予感を感じ取る一同であった。
PM20:00 Blitz ロビー…
「ドッと疲れた………」
ソファーに溶けるように座り込む氷華。
その姿はとてもじゃないが、女子高校生とは思えない程の品の無さだ。
「はしたないですよ、氷華さん。」
「るっさい……誰のせいだと思ってんの……」
葵の指摘に力なく返す氷華。
完全に溶けきっている。まるでスライムだ。
そんな氷華の元に、綺麗な銀髪の少女が歩み寄って来た。
同じ涼蘭の制服だ。クラス章は1年の物がついている。
「あっ、あの!氷華先輩…ですよね!?」
「……誰?」
声を聞いて身体を起こす氷華。
「あっ、も、申し遅れました!私、白鷺莉沙って言います…!氷華先輩の演奏に憧れて、涼蘭に進学しました!」
「……ふぅん。それで?私に何の用かしら?」
氷華は不思議そうな顔で返す。
自分に興味、まして憧れる人がいたのかと言うような顔だ。
「不躾な頼みなのですが…私を、氷華先輩のバンドに入れて下さい!ギターの腕には自信があります!きっと、氷華先輩の演奏にお力添え出来ると思います!」
それを聞いて顔を見合わせる氷華と葵、翡翠。
「…ちょっと待って貰えるかしら。」
そう言って葵と翡翠の腕を引き、女子トイレへ向かう氷華。
「…あの子もアンタらが連れてきた訳?」
「さすがにそこまでは知りませんわよ、偶然が重なっただけですわ。」
「私も知らないよ、あの子の事は知ってるけど。」
どうやら翡翠は彼女を知っているらしい。
白鷺莉沙 15歳。
涼蘭高校1-C、学年成績トップの学力の持ち主で、ギターは幼い頃から弾いている。
氷華と並び立てるレベルの演奏技術を持っており、密かに氷華を追っている。
女の子にしては珍しく、変形ギターを好む。
「へぇ。そんな子が後輩にいたんだ…」
「アンタが学校来ないから知らないだけよ。校内でも可愛いし凄いって噂の子なのよ?」
翡翠は呆れた、と言った顔で手で顔を覆いながら首を横に振る。
「……そこまで言うなら試してみようじゃない。」
そう言ってその場を後にする氷華であった。
翡翠達も後に続く。
「お待たせ。」
「あっ、おかえりなさい!私、やっぱり迷惑な事を…」
「………いいわ。そこまで言うなら試してあげる。」
「…えっ?」
「私の曲、弾いてみなさい。で、聴かせて。」
そう言って楽譜を渡す氷華。
──Reminiscence。
タイトルにはそう書かれている。
氷華が自身の練習用にと書き起こした楽曲で、基礎から応用まで全てのフレーズを詰め込んだ超絶技巧系インスト曲。
アルペジオ、タッピング、スウィープ…
氷華に合わせて全てが詰まっている為、氷華以外に弾ける人は本人を除き、氷華と同レベルのギタリストたる六駆しかいないと言う代物だ。
「その譜面を初見で弾き通してみなさい。それが条件よ。ただし、1回だけフル尺の音源を聞かせてあげる。」
氷華は莉沙に条件を伝える。
その目は真剣だ。
─この子ならば…足りない物を持ってきてくれる…
氷華は心の奥で何かを感じていた。
「……分かりました。やります!そのテスト!」
そう言ってカウンターへ向かう莉沙。
「個人練習2名、今から空いてますか?」
「お、おう。ちょっと待ってな…」
早々に始めるつもりなのか、空き部屋を取るようだ。
「8帖の部屋なら1時間空いてるな、入るかい?」
「お願いします!」
「1540円だ。先払いで頼むよ。」
そう言って莉沙は財布から代金を支払い、氷華の元に戻る。
「今やります!お時間、少し下さい!」
「…えぇ。分かったわ。」
そう言って2人は部屋に入っていった。
「大丈夫かな…」
茜は心配そうだ。
「どゆこと?」
「モモは知らないんだっけ、あの曲。」
「ひーちゃんの練習用の曲ってのは知ってるけど、聞いたことないんだよねぇ」
ケロッとした顔で桃香は答える。
「アレ、弾けるの氷華と六駆だけなんだよ。今までうちのバンドがギタリストが2人じゃなかったのは、それのせい。」
「えぇ!?そんな難しいテスト出してたのひーちゃん!?」
「……アイツはそれだけ真剣なんだよ、このバンドに。」
はたして、莉沙の演奏は氷華に届くのか……
to be continued……
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