#4 放課後、その目の見つめる先 -Looking for faraway-
放課後・商店街 PM16:00…
「ありがとうございましたー」
コーヒー片手に店を後にする氷華と六駆。
氷華は満面の笑みでカップを口に運び、恍惚とした表情で一息つく。
「はぁ…今回も当たりね、やっぱりスタバの新作は基本外さないからいいわ。」
「クッ…トールでいいだろ、なんでグランデ…」
財布をしまいつつ、バツが悪そうにアイスコーヒーを啜る六駆。
「あら?何か不満かしら、人の下着見ておいて。」
「だから…あれは事故だって何度言ったら…」
「黙らっしゃい。」
「アッス」
諦めたのか、目を伏せ息をつく。
無理もない。こうなった氷華は我が良しとしない限り収まらない性格なのだ。
「で、私の私服。持ってきてくれたかしら?」
「はいはい、これね。しかし何たって私服なんか?」
六駆は紙袋を渡しつつ不思議そうな顔をする。
「制服で煙草なんて吸えないでしょ、考えなさいな。」
「いやその前にまず未成年だろうがよ…翡翠に見つかっても知らんからな…」
「呼んだかしら?」
2人は一瞬ビクッとし、後ろを振り返る。
そこには綺麗な緑髪をした堅物顔の女生徒が立っていた。
鳳翡翠。
涼蘭高校2-C、同じくして同校の風紀委員長。
生徒会長である葵の幼なじみにして、氷華の幼なじみでもある。
外資系企業「鳳コンツェルン」の社長令嬢にして次期人事部長に推薦されている。
「びっくりした…なんだ、聞いてたのか翡翠。」
「ゲッ…翡翠…」
翡翠を見るや、顔をしかめる氷華。
「貴女ねぇ…未成年で喫煙、なおかつ不登校、更に授業までサボる、よからぬ噂だらけでよくまぁそのままでいられるわね…」
頭を抱えつつ淡々と氷華に詰寄る。
「アンタには関係ないでしょ、ほっといてよ私の事なんか…!」
瞬間、翡翠は思い切り氷華の頬を叩く。
「…ッ!?何すん…」
そのままグイ、と氷華の胸ぐらを掴み引き寄せる。
「いい加減になさいな!いつまでもグチグチグチグチと!氷華らしくない!お父様が亡くなったからってそうやって非行に走って!そんな事をお父様が望んでるとでも!?」
物凄い剣幕で氷華を怒鳴りつける翡翠。
その目は少しばかり潤んでいるように見える。
それを見て氷華は拳を握りしめ、怒りを露わにする。
「ッてぇな…離せよこのアマ…!!!」
バキィ!!!
瞬間、その場が凍りつく。
氷華の放った拳が翡翠の顔面を直撃したのだ。
「グ…ッ!?!!?」
ポタポタと翡翠の鼻から血が出ている。
予想だにしない氷華の反撃に驚いているのか、翡翠はその目を丸くしている。
「いいこと?私はもう昔の私じゃないの。そこらのどこにでも居るただの不良少女と同じ。戻れないのよ今更…!」
それを聞いてキッと睨み返す翡翠。
今ので吹っ切れたのか、思い切り頭突きを氷華に返す。
「ガァ…ッ!?」
さすがの氷華もフラつく。
耐えきれなかったのか、その場に尻もちをついてへたり込む。
「いい加減になさいな…!こんな事したって貴女の夢は叶わないのよ…!?いつまでもそうやってひねくれて、自ら夢を遠ざけて!貴女はどうなりたいの!?私も葵も貴女の支えになるって何度も言ってるじゃない!」
そのままもう一度胸ぐらを掴み、怒鳴りつける翡翠。
滴る血を手の甲で拭いながら涙を流し問いかける。
「何も知らない癖に…何も知らない癖に!私の事なんて何も知らない癖に!語らないでよ!私の夢なんて!」
酷い顔だ。
今までに見たことないくらいぐしゃぐしゃの顔で泣きじゃくる氷華を見て、さすがの六駆も仲裁に入る。
「そこまでだ翡翠、やめろ。」
「六駆は黙らっしゃい、貴方には関係…!」
パァン!
六駆の平手打ちが翡翠の頬を捉える。
氷華も翡翠も驚いているのか、目を丸くし黙りこくる。
「氷華も翡翠もいい加減にしろ、これ以上は事案だぞ。風紀委員長と不良がガチ喧嘩、なんていって校内新聞の一面を飾ることになるぞ。」
「…………」
「…氷華、お前の夢はそんなに安いもんだったのか?あんなに沢山詩も曲も書き溜めておいて、そんな簡単に諦められる程安い夢だったのか?」
氷華を見下ろす六駆。
氷華はまた今にも泣きそうだ。
「うるさい…六だって何も私の気持ちなんて知らない癖に…!」
「知らなかったら、葵にも翡翠にも口添えなんてしねぇよ。そのまま諦めて降りちまえばいい。」
「ッ!!」
瞬間、絶望した様な顔をする氷華。
「諦めねぇ限り、夢は叶う。お前が本気で望んでいる夢なら、己が手で掴み取れ。その為なら俺はなんだってしてやる。」
そう言って1枚のフライヤーを氷華に投げつける。
フライヤーにはNEXT AGE FESTIVAL 20XXと書かれている。
最優秀バンドには有名レーベルへの所属が待っている、超大型ティーンエイジバンドフェス。
名だたる有名バンドが全国から一同に集まり、覇権をかけてライブをする。
「これ………」
「お前が出たがってた未来への切符だ。エントリーしといてやったから、お前の曲でそこらのルーキー共を蹴散らしてこい。」
そう言って踵を返す六駆。
「翡翠、あとは任せる。俺はやる事がある。」
「は?え、えぇ…」
キョトンとしてその背を見つめる翡翠。
どういう事…?という顔をして見送るのであった。
一方その頃、茜達は…
PM16:30 リハーサルスタジオ「Blitz」…
「遅ぇな氷華もモモも…何やってんだ?」
「モモはアレとして、氷華が来ないのは珍しいね。」
ロビーでくつろぐ茜と彩葉。
練習の予定時刻は17時、氷華はまだ到着していない。
「スタバ寄るとは言ってたが、こんなに遅いのは珍しいな…探しに行くか?」
「やめときな、そのうち来るよ。すれ違いになる方が面倒。」
彩葉を宥める茜。
彩葉はムスッとしながらソファーに戻る。
「ごっめーん!遅くなっちった、キャハ☆」
「やっと一人来た…」
「しかもよりによって尻軽な方が…」
頭を抱える2人。
桃香は不思議そうな顔をして首を傾げる。
「あり?ひーちゃんは?」
「まだ来てないよ、珍しく。」
「むむ、これは嫌な予感…」
ガーーッ…
店の自動ドアが開く。
「ごめん、お待たせ…。」
「やっと来…氷華!?どうしたんだよその顔!?」
「誰にやられたのさ!?」
「ひーちゃん!?可愛いお顔がぐしゃぐしゃだよぉ!!」
翡翠の肩に担がれた氷華の顔を見るや否や、焦って駆け寄る一同。
翡翠と喧嘩した後、そのまま来たらしい。
「私が説明するわ…」
肩を担いでいた翡翠が口を開く。
血はまだ止まっていないらしく、ティッシュで鼻を押さえながら話し始める。
「翡翠、アンタまさか…」
「私が悪いのよ…ごめんなさい…」
事情を皆に説明し、翡翠は申し訳無さそうにソファーに腰掛け頭を下げる。
一同は驚いたのか、目を丸くして困惑している。
「なるほどね…」
「通りで来ねぇ訳だよ…にしても、氷華がブチ切れたのなんて随分久しぶりだな…」
「激おこのひーちゃん、怖いもんねぇ…」
「ごめんなさい…ついカッとなって、私らしくない…」
頭を下げたまま続ける翡翠。
「翡翠…?貴女こんなとこで何をしているの?」
ふと皆が振り返った先には、生徒会長こと葵が立っていた。
「葵…?」
「まぁ、なんて酷い顔…というか、何をどうしたらこんな事に…?」
事態を説明する茜と翡翠。
それを聞いて頭を抱える葵。
「貴女ねぇ…」
「返す言葉もないわ…みっともない…」
「…気持ちは分かりますけれども、涼蘭の看板に泥を塗るような事はしないでちょうだいな。仮にも風紀委員長でしょうに…」
「ごめんなさい…」
軽く説教をする葵。
「で、貴女方は練習?」
「じゃなきゃここにはいねーよ。」
「ごめんなさい、それもそうね。」
「茜ちゃーん、スタジオ準備出来たぞー」
スタジオのオーナーだ。
どうやら時間になったらしい。
「……見学させてもらっても?」
葵は一言、口を開き伺う。
「は?」
「え?」
「……どういう風の吹き回しよ。」
顔を上げる氷華。
その視線は葵に向いていた。
「そのままの意味ですわ、シンプルに気になったから聴いてみたいなと思っただけですわ。」
一瞬の沈黙の後、氷華は答えを出す。
「………好きにしたら。耳、壊れても知らないからね。」
「それでダメになるなら本望ですわ。」
「とりあえず、一件落着?」
桃香は首を傾げつつ、荷物を担ぎ部屋へ入る。
「ま、そうなんじゃない?知らないけど。」
「さ、始めようぜ。アタシらの音楽を。」
付き合いきれねぇなこの2人、という顔で静かに笑いながら茜と彩葉も部屋に入る。
「………アンタはどうすんのよ。」
目を丸くしたままの翡翠に問いかける氷華。
「………私も、見たい。聴いて触れたい。」
「じゃあ好きにしたら。聴いて呆れても保証しないから。」
氷華もクロークから荷物を出し、崩れた顔を直し部屋に入る。
「さ、翡翠。行きますわよ。」
「え、えぇ…」
ゆっくりと氷華達に続いて、葵と翡翠も部屋に入っていった。
それを陰から見る1人の少女の姿が、ロビーの隅にあった…
「あれが氷華先輩…一体どんなギタリストなんだろう…」
興味を示す好奇な目は、氷華の背中を追っていた…
少女達の道に、また新たな道が繋がろうとしていた───
to be continued…
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