第12話、退学
「三葉どうしたの?今日はえらく荒れてるね。」
「別に、何でもないよ。」
三葉はモデルの友人たちとファミレスに来ていた。テーブルにはやけくそで頼んだ料理が大量に置かれている。
「てゆうかさ、今度ホストクラブ行かない?先輩の友達が働いてるんだけど、超カッコイイの!」
モデルの一人が、テーブルの上にチラシを置いた。
「確かにファミレスとかカラオケも飽きてきたし、男と遊ぶのもアリかもね。」
「……ホストクラブ。」
まだ17歳の三葉にとって、その言葉はとても魅力的に聞こえた。
「でもさ、三葉ってまだ17でしょ?行けなくない?」
「そっか、私達より歳下だもんね。しょうがない、今回は──」
「行くよ。」
三葉の目はギラギラと輝いていた。チラシを手に取るとそこにはスーツを着た美男がズラリと並んでいた。
「──そうだ、私は本来こういう世界で生きるべき人間なんだ。汗水垂らしてトレーニングするなんて馬鹿げてる。」
三葉がふと横を見ると、店内でカードゲームをやっている学生が目に入った。
「……気持ち悪い。同じ空間に居るのも嫌だわ、皆出よう。」
三葉は注文した料理にほとんど手を付けず、店を後にした。
一方学園では、ライブに向けて生徒たちがトレーニングに励んでいた。
「……今日も三葉は休みか。」
謹慎も解け、華夜はすでに練習に参加している。
しかし、三葉の方は学園に来る気配がない。茂は頭を悩ませていた。
例年、三葉のような生徒は現れる。苦労を経験しないうちに売れてしまうと、自分は特別な存在だと勘違いしてしまうからだ。
「……どうしたものかな。」
茂の心配をよそに、三葉には次々と仕事オファーが舞い込み、その勢いが衰えることはなかった。
そして、仕事が増えるに連れて、三葉の鼻も伸びに伸びていった。
撮影現場で少しでも気に入らないことや、AD(アシスタントディレクター)にミスがあると相手を怒鳴りつけた。更に自分が優位な立場から相手を叱責できることに快感を覚えた三葉は、現場に不備がないか自ら粗探しをするようになった。
三葉の態度はあまりにも悪く、学園にもクレームが入るようになった。担任である茂は寮に向かうと、半ば強引に三葉を学園の指導室に連れ込んだ。
「なんですか先生、今日も仕事で忙しいんですけど。」
「三葉、これは最終警告だ。俺も一緒に行くから、今すぐスタッフの方に謝りに行こう。」
「……。」
三葉は自分に陶酔していた。自分より下の人間にどうして頭を下げなくてはならないのか?本気でそんなことを考えていた。
「嫌です、だってあんなのミスをする方が悪いんじゃないですか。私は悪くありません。」
髪の毛を弄りながら答える三葉を、茂は黙って眺めていた。
「……なぁ三葉。たまに芸能人で不祥事を起こす人、いるよな?」
「……いますけど、それが何か?」
芸能人は相手に与えるイメージがとても重要な仕事だ。事故、不倫、犯罪、たった一つの過ちで、長年積み重ねたものを全て失うことがある。
「俺たちは人間だ。誰にだって間違いはある。だけどな不祥事を起こした後、テレビに復帰できる人と、そのまま消えていく人がいるだろ?その違いが三葉には分かるか。」
茂は真剣に話しているが、三葉は鼻で笑いながら返答をした。
「そんなの簡単ですよ、テレビにとって本当に必要な人だったかどうかです。必要な人は復帰できる、必要ない人はそのまま消え──」
「それは違う!」
いつもは飄々としている茂が、声を荒げる。
「復帰できるのは誰に対しても同じ態度で接している人だ。人によって態度を変えない人は、常に周りが支えてくれる。何が本当に必要な人だ!自分に自惚れるのも大概にしろ!お前の代わりなんて芸能界にはいくらでも居るぞ。」
茂の怒号にほんの少し怯んだ三葉だったが、彼女の伸び切った鼻が折れることはなかった。
「あーそうですか。ありがたいお言葉、感謝します。」
茂の言葉は三葉に届かなかった。
その後も三葉は態度を改めることなく、仕事をこなしていった。そんなある日、モデルの友人たちと一緒に三葉はホストクラブに向かった。
「お客様、顔写真付きの身分証明書はお持ちですか?」
店内に入ると年齢確認を求められる。友人は免許証やナンバーカードを見せるのだが、三葉17歳のため他人から借りた証明証を見せようとした。だが……。
「申し訳ありません、当店は18歳未満の方はご利用できません。お帰りください。」
三葉たちは追い出されてしまった。
「あの人、証明証すら見てないのに何でバレたんだろ?」
「三葉がそれだけ売れてるんだよ。」
ここ最近テレビに出演する機会が増えていた三葉は、どこの店に行っても席にすら座れなかった。
「ここ最後にしよっか。」
クラブに入ると、例のごとく年齢確認を求められる。諦め半分で三葉は証明証を提示した。
「ありがとうございます、それでは席にご案内しますね。」
「……!」
三葉は心のなかでガッツポーズを決めた。
席につくと、そこは別世界だった。スーツを着た男たちが続々とテーブルに現れ、三葉たちの話を親身になって聞き、必ず肯定してくれる。
夢のような時間はあっという間に過ぎて、三葉たちは帰ることになった。伝票を渡されると、そこには20万2000円と記載されていた。
三葉たちは五人で来ていたため、一人あたり 4万円ということになる。
本来学生にとっては大金だが、今の三葉からすれば、さほど痛い金額ではなかった。
「はぁ……また来よ……。」
ホストクラブの余韻に浸りながら、三葉は帰路につくのだった。
──しかし、これが引き金となり三葉は窮地に立たされる。
数日後、何気なく携帯を開いた三葉は驚愕する。
「……え。」
週刊誌にホストクラブから出るところを撮られていたのだ。
日本では18未満の子供が風俗営業店に入ることは禁止されている。更に三葉は他人の証明証を使用して入店したため、これは詐欺罪にも該当した。
──当然、三葉は即退学となった。
しかし、三葉の傲慢な態度は退学になっても変わることはなかった。
「あんな学園、私の方から願い下げだ。元々私が稼いだ給料の何割かは学園に取られてたんだ。退学になれば給料が丸々私のところに入る。フフッ、今から楽しみだな。」
だが、このときの三葉は気づいていない。
デビューしてすぐのアイドルがテレビやCMに出演して、グッズも作り、ライブで何万人も観客を集めるなど到底不可能な話だ。
それが可能だったのは、学園が何年もかけて積み重ねてきた、業界からの信頼を借りていたに過ぎない。
そのことに三葉が気づくのは、まだ何年も先の話だった。
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