第10話、城ヶ崎姫歌
城ヶ崎姫歌の家はお金持ちだ。
子供の頃から欲しい物は何でも買ってもらい、習い事も沢山していた。
そんな彼女はある日、親の力ではなく自分の力で何かを成し遂げたい。そう考えて学園のオーディションを受けることにした。
容姿にも恵まれていた彼女は約4000人の中から見事選ばれ、合格した。
幼い頃から歌や楽器も習っていたため、入学後も教師陣から褒められることが多かった。
家柄、容姿、教養、この三つを兼ね備えた姫歌の人生は順風満帆に進んでいくかのように思えた。
──ときは遡り販売会前日。
姫歌は美波たちと一緒にイベントの準備をしていた。
販売会では学年、クラスごとにブースが分かれており、姫歌のコーナーは美波の隣だった。
「姫歌、明日は頑張ろうね。」
「えぇ、頑張りましょう。」
美波が握手を求めてきたため、姫歌はそれに応じた。
だが姫歌は内心ホッとしていた。
「──美波さんが隣で良かった。」
美波は歌やダンスがあまり上手くなかった。
実際、初めてライブをしたときも、美波は一番端で踊っていた。
姫歌は口にこそしなかったが、なぜ美波が学園に入学できたのか不思議に思っていた。
そして案の定。販売会が始まると美波のコーナーには、ほとんど客が来ていなかった。
姫歌のコーナーも決して人が多かった訳ではない。だが人としての性か、自分より下の人間がいると安心するものだ。
販売会が始まって数時間が経過した頃、姫歌のコーナーに一人のファンが現れた。
「姫歌さん、握手をしてもらえませんか?」
このファンは遠方から来たのか、とにかく汗をかいていた。
「……ごめんなさい、握手とかそういうのはやってなくて。」
「そうなんですね、これからも頑張ってください。」
教師からファンや客が相手でも嫌なことは断わるよう言われていたため、握手を断った。
しかし姫歌は、このあと一番やってはいけないことをしてしまう。
「姫歌ちゃん、握手してください。」
「えぇ、良いですよ。」
次に来た女性客と握手をしてしまったのだ。当然、断られた人からすれば気分が良くない。
現代ではSNSが発達しており、こういった態度はすぐに拡散される。
先程の客以外にも姫歌から握手を断られたという人が次々と書き込みをしていく。
「何……これ。」
姫歌はイベントの感想を見ようと携帯を開き、絶句した。自分に対する罵詈雑言があまりにも多いからだ。
──そして、悪い評判は教師の目にもとまり、茂は姫歌を呼び出した。
「姫歌、握手をしないなら、しないで統一しろ。人によって態度を変えるのは良くないぞ。」
「確かに私は握手を断りました。ですが、ここまで言われるようなことはしていません。」
姫歌に寄せられているコメントの中には容姿の批判など、握手の件とは関係のないものまで含まれていた。
茂も批判コメントを削除をしたりと対策はするのだが、追いつかない状態だった。
そして決定的なできごとが起こる。姫歌が握手を断ったあとに別の人と握手をしている姿を、隠し撮りで配信する者が現れたのだ。
今までは姫歌の味方をしていたコメントも、証拠を見せられて批判的な意見に変わっていく。
「誰が……こんな動画を。」
販売会にも影響が出始め、姫歌のコーナーからは客足が遠退いていった。
そして、対照的に美波のコーナーはどんどん人が増えていった。
姫歌が人生で初めて味わう挫折だった。
「私のほうが、歌もダンスも上手いのに……どうして。」
最終日、グッズの売り上げが発表されたが、姫歌は最下位だった。
自分のコーナーを改めて見る。グッズが大量に残っており、印刷された写真の姫歌はどれもこれも満面の笑みを浮かべていた。
「くっ……馬鹿らしい!」
ガシャン──と姫歌が自分のコーナーに置かれていた物をひっくり返した。
「ちょ……姫歌、何やってるの?」
美波たちが駆け寄るが、姫歌はそのまま会場から出ていった。
結果発表のあと、ファンに感謝の意味を込めてライブを行う予定があった。クラス内でグッズの売り上げが良かった、美波と華夜をセンターに据えて披露する筈だったのだが……。
「姫歌がいない?」
「はい、連絡が取れなくて。」
茂も慌てて電話をかけるが、繋がらない。
「これは、マズイな……。」
販売会のライブは、グッズを一定額購入した人が参加できるシステムだった。
数に大小こそあれど、姫歌のファンだっているはずだ。最悪の場合、返金騒動になってもおかしくない。
「とりあえず、時間が来たら姫歌なしで始めてくれ。」
茂は会場のスタッフに連絡をして、放送を流す。
「ライブの開始を待たれている皆さんに連絡です。現在一年生の城ヶ崎姫歌さんが、体調不良のためライブに参加できない状態となっています。」
会場内にどよめきが起こる。
幸い姫歌のグッズを買った人が少なかったこともあり、返金騒動には至らなかった。
──だが、ただでさえ評判の落ちていた姫歌は、この一件でファンや学園から完全に信用を失ってしまった。
販売会の後から姫歌は部屋にこもるようになった。
無断欠席が続いていたある日、姫歌が突然職員室に現れた。
「先生、今日で学園を辞めようと思います。」
思い詰めた表情で話す姫歌に対して、茂はあっさりと言葉を返した。
「分かった、最後に番組のインタビューを受けてこい。」
「……え?」
姫歌には茂の言葉が信じられなかった。自分が悩んで出した答えに対して、相手の男は学園や番組のことしか考えていない。
「もういいです、こんな学校二度と来ません。」
姫歌は職員室のドアを閉めると、学園の出口に向かった。その道中、美波と姫歌が鉢合わせした。
「姫歌!どうしたの、皆心配してたんだよ?」
美波の言葉を無視して、姫歌は足早に去ろうとする。だがそんな姫歌を番組の制作陣が逃がすはずがなかった。
「城ヶ崎姫歌さん、今回は残念でしたね。最後に何か言いたいことはありますか?」
「……。」
姫歌は取材を振り切ろうとするのだが、しつこくマイクやカメラを向けられ、苛立っていた。
「やめてください、答えたくありません!」
近くで見ていた美波はいたたまれない気持ちになり、取材を止めようとした瞬間。
ガッ──と後ろから肩を掴まれた。
振り返ると、そこには茂が立っていた。
「先生どうして止めるんですか?姫歌だって凄く辛いはずなのに、あんな傷口をえぐるような行為、許せないです!」
「……美波、皆が入学した日に言ったよな。芸能界では行動や発言が全て金に繋がるって。これが芸能界で生きていくってことだ。」
「わ……私は納得できません!」
ゴネる美波を、茂は力づくで教室に連れて行った。
後日、学園のドキュメンタリー番組では、姫歌が涙ながらに学園を去っていく姿がそのまま放送されていた。
美波はこの日、芸能界の闇の部分を垣間見た気がした。
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