第9話、ファンサービス

「動画配信がしたい?」

職員室で茂は美波から相談を受けていた。

「はい、自分のことをもっと知ってもらえば、応援してくれるファンも増えると思うんです。」

「仕事に支障をきたさなければ別に構わないぞ。撮影するスタッフを手配すれば良いんだな?」

「お願いします。」

茂はパソコンを開くと、手の空いているスタッフを探し始めた。

「……販売会、悔しかったか?」

「そうですね……でもまだ終わったわけではないです。私なりに足掻いてみます。」

「そういう前向きなところが美波の武器だ。お客さん増えるといいな。」

「はい、私のグッズを少なく生産したこと、後悔させてみせます!」


──翌日。

「やっぱり、私にはこれしかない。」

美波は学園を休むと、茂が手配したスタッフと一緒に都内の漁港へ向かった。

「お話を受けてくださり、ありがとうございます!」

「あぁ、よろしくね。」

今日から四日間。美波は職場体験の要領で漁師の仕事を手伝い、その様子を動画で撮影して配信しようと考えていた。

「皆さんおはようございます!私はアイドル学園の生徒、潮岸美波です。」

美波なりに考えた台本でオープニングを撮影していく。

「そしてこちらが、今日からお世話になる杉山高雄さんです。よろしくお願いします!」

「ん……?これに挨拶したらいいのか?」

お互いに素人なため、グダクダとはするものの撮影は相応に進んでいった。

「おい美波、バンジョウ持ってきてくれ。」

「杉山さん、女学生にバンジョウなんて言っても分からないよ。」

「大丈夫です、持ってきます!」

美波は海産物を入れるためのカゴを持ってきた。

「なんだ、お嬢ちゃんバンジョウ知ってるのか?」

「はい、お父さんの仕事を手伝っていたので。」

その後も美波は縄の破れている箇所をアバリで直したりと、父親から学んだことを実践していく。

「ほぉ……見事なもんだ。」

「他にも手伝えることはありますか?」

「そうだな……網も直してくれたし、これと言って思い浮かばんな。」

「だったら私、お刺身作ります!」

売り物にならない魚を受け取ると、美波は調理を開始した。

「皆さん、これ見たことありますか?これはマギリです。簡単に言うと漁師の人が使うナイフですね。これを使って、魚を捌いていきます。」

久しぶりの調理に、若干手こずりつつも身を切り分けていく。

「さっそく、今日お世話になった杉山さんに食べていただこうと思います。」

醤油を付けて、杉山が刺し身を口にする。

「杉山さん、どうですか?」

「まぁ普通だな、俺らは食べ慣れてるからな。」

「おいおい、せっかく女の子が作ってくれたんだ、もっと愛想よくしなよ。」

漁師の人たちの間で笑いが起きる。美波は父親の仕事を手伝っていた頃を思い出し、ホッコリとした気持ちになった。

「今日はありがとうございました!明日もまた来ますので、引き続きよろしくお願いします。」

「お嬢ちゃん、良かったら明日はうちのとこに来なよ。杉山のとこよりも良くするよ?」

「ありがとうございます、でも杉山さんには撮影の許可とか色々恩がありますので。」

その後も美波は競りに参加したり、魚の解説したりと、自分なりに動画のネタを探しては撮影を繰り返した。

学園に帰ると、スタッフに手伝ってもらいながら動画を編集する。そして最後に販売会の宣伝を挿入すると、配信サイトに動画を投稿した。

「やれることはやったし、あとは本番を迎えるだけだ。」


──そして二週目の販売会当日。

「……思ってたほどお客さんが増えないな。」

美波のコーナーには相変わらずチラホラとしか客が来なかった。

現実は甘くないな……そんなことを考えていたときだった。

「お疲れ様、遊びに来たよ。」

「皆さん、来てくれたんですか!」

美波の動画撮影に協力してくれた漁港の人たちが販売会に来てくれたのだ。

しかし、こういったイベントに慣れていない、漁師からは不満の声が漏れる。

「全く、10時開始だって聞いてたから10時に来たのに、外で30分以上待たされたよ。」

「こんなに小さいキーホルダーが600円か、高いな。」

本人たちに悪気はないのだろうが、会場の生徒からすれば、あまりいい気はしないだろう。

「あ……あの!この販売会で売られている物は今後再販されないです。今買っておけば将来プレミアがつくかもしれませんよ!皆トップアイドルを目指してるので。」

白けた気持ちで来ていた人に美波の言葉が突き刺さる。

「面白いじゃないか、それなら俺は美波に投資をしようかな。」

杉山が美波のグッズを一つづつ手に取ると、レジへ持っていった。

「そんな悪いですよ、全部買うと結構な金額になりますし。」

「自分が言ったんだろ?後で価値が上がるって、おじさん達をガッカリさせないでくれよ。」

他の人たちも美波のグッズを何個か購入すると、会場から出ていった。

「そうだよね、私……頑張らないと!」

美波は改めて気合を入れ直す。

「美波さんですよね、握手してもらえますか?」

数少ないファンが美波に声をかけてきた、それに対して美波は全力で答える。

相手の手を両手で包み込み、しっかりと目を見てお礼を言った。

「これからも応援よろしくお願いします!」

ファンは思わぬ対応に驚いているようだった。

その後も、時折訪れるファンに対してしっかりと握手をしてお礼をしていく。シンプルな方法だったが、これが功を奏した。

SNSで美波の対応が非常に良いと話題になったのだ。

握手を目当てに何度も販売会に訪れるファンも現れ、三週目の販売会では他の生徒と比べても遜色がないくらいにグッズが売れるようになっていた。

「よし、これなら最下位は避けられそう!」

美波は安堵した様子で、残り僅かになった自分のグッズを眺めていた。


──だが、商売は客の奪い合いだ。

美波の商品が売れるようになったのと引き換えに、他の生徒の商品が売れなくなってしまったのだ。

今まで楽しく送っていた学園生活に暗い影が迫っていた。

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