第7話、アイドル学園

春休みも終わり、今日は学園で入学式が行われる。

制服に着替えた美波は香織、華夜と共に校舎へ向かった。

学園のホールには美波たち以外にもオーディションに合格したメンバーが待機していた。

「何というか、圧巻だな……。」

学校の体育館とは大違いだった、学園のホールには映画館に設置されているようなフカフカの椅子に加えて、大きなステージまで用意されている。

しばらくすると、照明が落ちてステージ上に一人の女性が現れた。

「初めまして、私は当学園の理事長、神崎聖羅です。」

神崎聖羅は一時代を築いた元アイドルである。

この人物がステージに上がった瞬間、周りがパッと明るくなったような、そんな錯覚に美波たちは陥った。

「まずは皆さん、入学おめでとうございます。」

理事長がそう言うと、教師たちがパチパチと拍手を送る。

「ですが、あなた達の目的はアイドルとして売れることであり、当学園に入学することではありません。これに慢心せず、自分たちの魅力を存分に引き出し、輝かしい未来を引き寄せてくだい。」

挨拶を済ませると、理事長はステージから去っていった。

「えー、それでは今からクラス分けを行います。今年度、当学園に入学した生徒は15名です。この15名を三人の教師が5名づつ担当します。」

オーディションで合格したのが12名だったため、美波以外にも二人がスカウト枠で入学したのだろう。

「それではまず、金本先生からお願いします。」

「はい、私が担当する生徒は──」

生徒の名前が次々と呼ばれていく、そして美波をスカウトした茂も演壇に立つと担当する、生徒の名前を発表した。

「黒咲華夜、春風香織、潮岸美波、城ヶ崎姫歌、緑川三葉、以上五名は俺が担当をする。」

美波は茂のクラスに配属となった。

入学式後、茂から学園内を案内され、最後に自分たちの教室に入ると、美波たちは席についた。

茂は教壇に立つと生徒全員に対して最初の挨拶をした。

「いいか、神崎理事長も言っていたが大変なのはここからだ。うちの学園は他の学校と違って入学費、授業料も全て無料だ。しかも在学中の活動によっては給料まで支払われる。何故ここまで高待遇なのか分かるか?それは君たちが学園の生徒であると同時に社員でもあるからだ。芸能界では行動や発言、振る舞い、その全てが金に繋がる。自分のやりたいことが金に繋がるよう死ぬ気で努力しろ、良いな!」

「はい!」

茂の言葉に返事をすると、美波たちの気も引き締まった。

「よし、それじゃまずはテストから始めようか。」

「……テスト?」

「春休みに学園から課題が出ていただろ?あれを真面目に取り組んでいれば、簡単に解けるはずだ。」

茂は五人にテスト用紙を渡すと、パンと手を叩いた。

「終わった人から持ってこい、一時間経ったら強制終了だ。」

美波はテストの内容を確認した。都道府県やひらがなを漢字に書き換えるなど、確かに簡単な問題ばかりだった。

芸能関係の人物の名前と役職を答える問題もあったが、美波は特に問題なく解いていった。

「はい、終わりだ。全員テスト用紙を持ってこい。」

茂はサラサラと採点を始める。

「それじゃ今から点数を発表する。姫歌は満点、香織は98点、美波は86点、ここまではいい。問題は残りの二人だ。」

茂はテスト用紙を全員に見せた。

「華夜は12点、三葉が8点、二人とも課題やってないだろ?」

「……なっ!」

華夜が顔を真っ赤にして立ち上がる。

「おい、先生!全員にテストの点数公表するなんてありえないだろ!」

「あのな、ここは普通の学校じゃないんだ。華夜、これがもしテレビ番組だったらどうだ?視聴率が10%の番組だとすれば一千万人近い人の前で大恥を晒していたんだぞ。今のアイドルは歌って踊るだけじゃない、クイズ番組や情報番組に出ることだってある。やりたいことをやるっていうのは、嫌なことから逃げていいって訳じゃないからな。」

睨んでいる華夜を気にせず、茂は話を続ける。

「まぁ、華夜がおバカアイドル路線に進みたいって言うなら、このままでも良いけどな。」

「……ぐっ。」

華夜は何も言い返せず、そのまま着席した。

気の毒だと思いつつも、普段はクールな華夜の意外な一面を見れたことで、美波は親しみを感じるのだった。

その後、美波たちは親睦を深めるためにクラスメイトと食堂に向かった。

「初めまして、私は城ヶ崎姫歌です。」

「緑川三葉です、皆よろしくね!」

姫歌の方は実家がお金持ちらしく、自立したいということでアイドルを目指したそうだ。

三葉は髪を茶髪に染めており、いわゆるギャルだった。一度しかない人生を楽しみたいということでアイドルを目指したらしい。

「てゆうか、あの茂って先生言い方キツくない?顔はまぁまぁだけど、しんどいかも。」

「……絶対結果で見返す、見てろよ。」

悲惨なテストを公開された二人は、不満を垂れていた。

「でも、先生の言っていることは一理ありますわ。明日からはボイストレーニングやダンスレッスンもあるようです。お互い頑張りましょう。」

食事の作法や言葉遣い、どれをとっても姫歌には品があった。

そして入学式の翌日からは、本格的にアイドルとしてのレッスンが始まった。

先生指導のもと、発声練習やステップの基礎を学んでいく。それまで勉強やランニングばかりだった美波にとってレッスンは楽しくて仕方なかった。

授業が終わると、クラスメイトと話しながら寮へ戻り、シャワーで汗を流して食堂へ向かう。

「あぁ……なんか凄く学生だ。」

美波は始まったばかりの学園生活を満喫していた。

そんな生活を送っていた美波たちに、仕事の話が入る。

「いいか、うちの学園は普通の学校とは形態が違う。一般的な学校では学費を払うことで、授業を受けれるが、うちでは学園側が生徒に仕事を提供して、その収入でお前たちの学費を補っているんだ。」

ホームルームの時間、茂は美波たちに今後の予定を話していた。

「学園で最初にこなす仕事は三つある、まずはドキュメンタリー番組の撮影だ。」

アイドル学園の生徒はオーディションから卒業までの過程を撮影され、それを番組内で放送される。

この番組では夢を叶える生徒、挫折して辞める生徒、その両方をリアルに放送しているため毎年高視聴率を記録している怪物番組だ。

「次に学園のスポンサーである、大手飲食店のCMに出演してもらう。食堂が無料で利用できるのはスポンサー様のおかげだ。くれぐれも粗相のないようにな。」

「そして最後にクラスのメンバーでお披露目ライブをやる。うちの学園は一つのブランドだ。アイドル本人ではなく、学園のアイドルだから応援しているという人も多い、そういったファンに向けてライブをするんだ。」

茂は美波たちの携帯にスケジュールを送った。

「……いよいよアイドルって感じだ。」

スケジュールを見た美波は、背筋をピンと伸ばす。

「今日からは授業を全てライブで披露する曲の練習に切り替える。あとは配置だが、センターは華夜が務めろ、できるな?」

ダンスを生きがいとしていた華夜にとって断る理由など一つもなかった。

「当然です!私に任せてください。」

その後、美波たちはダンスの練習をするためにスタジオへ向かった。すると、室内にはカメラが設置されていた。

初ライブまでの練習風景を撮影するため、番組側が用意したのだろう。

そして、ダンスレッスンが終わった美波たちはテレビ局の人からインタビューを受けた。入学して感じたこと、今後の目標などを受け答えしていく。

さらに数日経つと学園のスポンサーからCMの台本が送られてきた。

ライブの曲や振り付けを覚えつつ、CMの撮影もこなしていった。

「ふぅ……。」

美波は一通り仕事を終えると食堂に向かった。何を食べようかと悩んでいると、背後から茂が声をかけてきた。

「どうだ?調子の方は。」

「わわっ!先生ですか、脅かさないでください。」

「悪いな、俺も今から飯なんだ。一緒に食べないか?」

食券を購入すると、美波と茂は同じテーブルに座った。

「何というか、撮影されながら練習するのは緊張しますね。」

「最初はそう感じるだろうな、この辺に関してはそのうち慣れてくるよ。」

電光掲示板に番号が表示されると、二人は注文した料理を受け取った。

「特に悩みとかはないか?」

「悩みですか?うーん……少し海が恋しいですね。もし機会があれば船に乗る仕事もしてみたいです!」

「ハハッそうか、その様子なら大丈夫そうだな。初ライブ頑張れよ!」

茂はササッと食事を済ませると、食堂から去っていった。

そして練習を重ねた美波たちはライブの開催日を迎えた。

ライブ会場はすでに予約で埋まっており、外には5000人近い観客が並んでいた。

ほぼ無名のアイドルのライブにこれだけ人が集まるのは学園のブランド力のおかげだろう。

「やっぱり、うちの学園って凄いんだね。」

香織は外で並んでいる、観客の多さに圧倒されていた。

「……私、ちょっと見にいってみようかな。」

「え、美波?」

ライブ前の緊張感で落ち着かない美波は、一応帽子をかぶり変装すると会場の外に出た。

「今年は誰が売れると思う?」

「やっぱり黒咲華夜だな!オーディションでも頭一つ抜けてたし。」

「いやいや、俺は姫歌だと思うな。」

「……なるほど、私たちってこんなふうに見られてるんだ。」

観客の声を生で聞いていた美波だったが、ふと並んでいる人の中に違和感のある人物を見つけた。

帽子を深々とかぶり、何をしていいのか分からず、辺りをキョロキョロと見回している。

さらに体型は筋肉質で大柄だったため、非常に目立っていた。美波が近づくと帽子には漁業組合のロゴが入っていた。

「あれ……お父さん?」

「……!」

挙動不審な人物の正体は美波の父親だった。

「お父さん何してるの?」

「……何をしてるはこっちの台詞だ、もうすぐ出番じゃないのか?」

最初は自分のライブを観に来てくれたことに対する驚きの感情が強かったが、次第に組合の帽子をかぶってくる父親のファッションセンスに笑いがこみ上げてくる。

「フフフッ、なんかお父さんのおかげで緊張ほぐれたかも。」

父親に背を向けると、駆け足で美波はその場を去っていった。

「そろそろ控え室戻るね!ライブ楽しんでいって。」

「……あぁ。」

去っていく娘の背中を父親は複雑な気持ちで見送った。

「おい、どこ行ってたんだ。そろそろ衣装に着替えろ。」

控え室に戻った美波は茂から衣装を受け取った。

「……わぁ!」

衣装は白を基調としたドレスで差し色に青が入っていた。スカートの裾にはフリルが付いている。

「なんか私のキャラと違うんだよな……。」

「良いじゃん、楽しんでいこうよ。」

華夜と三葉はすでに着替えており、美波も用意された衣装にすぐ着替えた。

「美波、すごく似合ってるよ!」

「香織も似合ってるよ、ありがとう。」

会場スタッフから呼ばれると、美波たちはステージの袖に待機した。

「さぁ、行ってこい。」

「はい!」

美波たちがステージに立つと歓声が上がった。目の前に広がる圧倒的な光景に美波は思わず身震いをする。

「皆さん、今日は私達のライブにお越しいただき、ありがとうございます。入学したばかりで、まだまだ未熟な私達ですが、皆さんに元気や勇気を与えられるように、精一杯精進しますので、どうかよろしくお願いします!」

センターの華夜が挨拶を済ませると、照明が一気に明るくなり、曲が流れ出す。

観客のボルテージも上がり、割れんばかりの歓声で会場は埋め尽くされた。

ダンスはセンターの華夜を中心に構成されていた。美波は一番端のポジションであまり目立たなかったが、それでも精一杯のダンスを観客に披露した。

その後もライブは順調に進み、メンバー全員が特に目立ったミスをすることなく、無事にライブを終えることができた。

控え室に戻ると美波の身体からヘナヘナと力が抜けていく。

「あぁ……何かステージの記憶ないかも。」

「私も、何だか夢みたいだった。」

「私はあっという間だったな、早く次のステージに立ちたいよ!」

皆がそれぞれの感想を述べていく。

「お疲れ様だな。明日はオフにしてあるから、全員ゆっくり休めよ。」

「はい、ありがとうございます!」

美波は衣装から着替えると、寮の部屋に戻った。

ベッドの上に寝転がり目を閉じると、まぶたの裏に会場の様子が浮かび上がる。

「また……ステージで踊りたいな。」

美波は初ライブの余韻に浸りながら、床に就くのだった。





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