第6話、夢のスタート

荷物も全て運び終わり、美波の寮生活がスタートした。

現在は春休み中だが、学園から提出された課題があるため、美波は机に向かっていた。

「……何これ?」

封筒を開けると書類が何枚も入っており、そこには顔写真と名前が印刷されていた。

学園からの課題は書類の人物の名前と役職をすべて暗記することだった。芸能界では人との繋がりがとても重要だ。書類に印刷されている人物は番組のプロデューサー、MCなども務める大物芸能人、業界で生きていくにあたって必ず関わる人物だ。

「結構な枚数あるな……。」

学園からの課題はこれだけではなかった。

走った距離がカウントされる器具をつけて入学式までに15km以上走ること。

食事の内容も毎日記録しなくてはならず、他にもクイズ番組の対策や業界用語の一覧表など、数え切れないほどの課題が出ていた。

心が折れそうになる美波だったが、父親との約束を思い出し、顔をパンパンと叩いた。

「よし、頑張らないと!」

早起きが得意な美波は早朝にランニング、昼間は勉強、寝る前に暗記を行い課題を確実に済ませていった。

「何だか、アイドルって大変だな。」

早く歌ったり踊ったりしてみたいな……。

そんなことを考えながら美波は春休みを過ごしていた。

しばらくすると、香織も学園の寮に引っ越してきた。日が経つにつれて合格した生徒が続々と寮に入っていく。

「あれ?アンタ何でここに居るの?」

美波は寮の廊下で黒咲華夜と出会った。華夜は美波と同じ会場で面接を受けていた女の子だ。

「私、学園の先生からスカウトを受けて、入学することになったの。」

「ふーん……まぁ挫折して辞める羽目にならないといいけど。」

華夜の嫌味に対して、美波は相手を真っ直ぐ見て言い返した。

「辞めないよ!私、今は本気でアイドル目指してるから!」

「へぇ、オーディションのときとは別人だね。」

その後、美波と華夜は意気投合し、香織を誘って三人で食事をすることになった。

「華夜は小学生の頃からダンスを習ってたんだ。」

「そう、ダンスで世界的に有名になるのが私の夢なの。」

「規模が大きいね……。」

早いタイミングで寮に住んだ美波にとって、会話をしながらの食事は久しぶりだった。

昔からの友人香織とオーディションで戦った華夜との会話に花が咲く。

「ちなみに美波と香織はどんなアイドルになりたいの?」

「どんなアイドル?」

「一口にアイドルって言っても、色んな人がいるでしょ?ダンスを売りにしてる人、かわいい系の子もいるし、バラエティやドラマで活躍している人もいる。二人はどんなアイドルになりたいのかなと思って。」

華夜からの質問に二人は少しの間考えると、香織の方から答えを返した。

「私は、誰かに勇気を与えられるようなアイドルになりたいな。控えめで目立つ方じゃなかった私がアイドルになれば、同じ悩みを持っている人に自信を与えられると思うの。」

香織が何故アイドルを目指したのか知らなかった美波は、思わず聞き入ってしまった。

「さぁ、私は話したよ。美波はどんなアイドルになりたいの?」

香織と華夜が美波の方を見つめる、美波は目を輝かせて話し始めた。

「私は皆から愛されるアイドルになりたい!あと可愛い衣装とかドレスも着てみたいし、歌も上手になりたいし、お金を稼いだらお父さんとお母さんを旅行に連れて行ってあげたいし、アイドルになってやりたいことなんて言い切れないくらいあるよ!」

「美波って意外と欲張りだね。」

「うん!私がやりたい事を思いっきりやる。これがアイドルになるのを認めてくれた、お父さんとお母さんに対する恩返しだと思うから。」

「へぇ……良いね!」

華夜は手の甲を机に差し出した。

「皆で誓いを固めよう、私はダンスで世界を目指す、香織は勇気を与えるアイドル、美波はやりたい事を思いっきりやる。三人で夢叶えよう!」

美波と香織も華夜の手の上に自分の手を重ね、胸の中で夢を掲げた。

「やるぞ!オー!」

ボンヤリと考えていた夢が形を成したような、そんな気持ちになった。

美波たちはその後も会話をしながらの食事を楽しんだ。

……だが、この頃の三人はまだ知らない。

この学園では毎年10名から20名の生徒が入学してくるが、卒業できる人数は5名前後だ。

これは学園側に問題があるのではなく、そのくらい芸能界は怖い場所なのだ。

三人のアイドル人生はまだ始まったばかりだ。






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