第5話、家族

漁に行かなくなった美波は朝の6時頃起床した。両親はすでに朝食を済ませているため一人で食べる。

「なんだか、寂しいな。」

学園からスカウトされた日以降、家族との関係に亀裂が入っていた。

貰った名刺の番号にも連絡できていない。

「やっぱり断るべきなのかな。」

モヤモヤとしたまま美波は学校に向かった。ただ美波にとって最近の出来事は悪いことばかりではなかった。

美波が校舎に入ると、今まで話したことのない生徒たちが次々と挨拶をしてくる。

「美波、おはよう!」

「オーディション凄かったね!」

先日、アイドル学園のオーディション番組が放送された。合格した香織はもちろんだが、最終審査に残った美波も学校内でかなり話題となっていた。

「ねぇ美波、今度一緒にカラオケ行かない?」

「……カラオケ。」

学校で幅を利かせている女子グループが美波をカラオケに誘ってきた。

「私カラオケ行ったことないんだけど、大丈夫かな?」

「えっ!マジ、アイドル目指してるのにカラオケ行ったことないの?」

父親の仕事や家の手伝いをしていたため、美波はそういった場所に縁がなかった。

「絶対楽しいから行こうよ。その後デパートで買い物とかしてさ。」

「うん、行ってみたいかも。」

いつもなら断る美波だったが、家にいるのが気まずいということもあり、行くことにした。

──約束の日、美波を含めて四人でカラオケ店に入った。ドリンクやアイスが無料な事に驚きつつも、ノリが分からないなりに美波はカラオケを楽しんでいた。

「ていうか、美波全然曲知らなくない?」

「ホントだよ、そんなんじゃアイドルになったとき苦労するんじゃないの?」

この子たちの言っていることはごもっともだ。周りのみんなは次々と曲を入れていくが、美波は数曲歌っただけで弾が切れてしまった。

その後もデパートで買い物をしたが、流行りの化粧品やアクセサリーの話についていけず意気消沈としてしまった。

「……私、何も知らないな。」

そもそも自分はアイドルに向いていないのではないか?そんなことを考えながら、美波は自分の部屋でゴロンと寝転がった。

「……あの人はなんで私をスカウトしようと思ったんだろう。」

名刺を手に取ると大林茂と書かれていた。美波は勇気を出し、電話をかけることにした。

仕事中だった茂の携帯に通知が届く。見慣れない番号だったが、恐らく美波だろうと思い茂は電話に出た。

「どうした、学園に入る気になったのか?」

「いえ……まだ決心がつかなくて。」

オーディションを受けたのに、ハッキリと返事をしない。親だけでなく学園側の教師にも迷惑をかけていることは美波自身自覚をしていた。

「大林さんはどうして私をスカウトしようと思ったんですか?」

元気のない美波の声を聞き、茂は色々と察した。

「……そうだな、一番の理由は人柄だな。歌やダンスは学校で練習すればいい。だけどその人の持つ魅力っていうのは、出そうと思って出せるものじゃないからな。」

「私の……魅力。」

「まぁ無理にとは言わないよ、漁師だって素晴らしい職業だ。皆が美味しい魚を食べることができるのは、君のお父さんが働いているからだ。」

茂は電話をしながら、カタカタとキーボードを叩いていた。

「もう切っていいか?」

「あっ……はい!お忙しい中、ありがとうございました。」

通話が切れると、美波は決心を固める。自分の優柔不断でこれ以上迷惑はかけられない、美波は父親の元へ向かった。

──父親は漁港の作業場で、翌日使用する罠の準備をしていた。

「お父さん、今良いかな?」

「……何だ。」

美波の方に視線は合わせず、網の綻んでいる箇所を手慣れた手付きで父親は直していた。

「お父さん、この間言ったよね。私がアイドル目指すなら、もう口は利かないって。」

「……言ったな。」

美波が話している間も父親は作業を続ける。

「それでもやっぱり、私はアイドルを目指したい。」

「……俺や母さんが反対をしてもか?」

「うん、それでも挑戦したい。」

「……そうか、勝手にしろ。」

父親は最後まで美波と視線を合わせることなく、作業場から去っていった。

後日、学園側から連絡があり、美波が正式にアイドル学園に入学することが決まった。父親が手続きを済ませたのだろう。

だが、入学と引き換えに父親は美波と一切会話をしなくなった。

──その後、中学三年生だった美波は、あっという間に卒業式を迎える。

学校を卒業した美波は、荷物をまとめると空港へ向かった。実家と学園はかなり離れているため、美波は寮で生活をすることになったからだ。

「美波、辛くなったらいつでも帰ってきて良いからね。」

「ありがとう、お母さん。」

空港のロビーで美波は家族との別れを惜しんでいた。だが一つだけ気がかりなことがあった。

「あなた、最後くらい何か言ってあげたらどうですか?」

「……。」

結局、入学が決まってから今に至るまで美波は一言も父親と会話をしていない。

「お父さん、行ってくるね。」

「……。」

母親は呆れている様子だった。美波がスーツケースを転がし、ゲートの向こう側に進もうとしたときだった。

「美波!」

普段はボソボソと話す父親の大声に、美波は驚き振り返る。父親は近づくと美波をギュッと抱きしめた。

「今まで苦労をかけたな、家の手伝いばかりでほとんど友達とも遊べなかっただろう。」

父親の身体はゴツゴツとしていて、少し痛いくらいだった。だが、父親の筋肉は決して鍛えてついたものではないことを美波は知っていた。

「お父……さん。」

「アイドルになれば、綺麗な洋服だって着れるはずだ。今までそういった物を買ってやることができなかった。本当に済まない。」

手を離し、父親は改まって美波と向かい合った。

「絶対に売れてこい、美波ならできる。」

「うん……私、皆から愛されるような最高のアイドルになるよ!」

飛行機に搭乗したあと美波はしばらくの間泣いていた。だがウジウジとしていては先に進めない。

現地に到着すると用意されていた送迎車に乗り込み、学園へ向かう。

そして校門をくぐり、敷地内に入ると美波の前には大林茂が立っていた。

「ようこそアイドル学園へ!」

──美波は新たな人生のスタートラインに立った。






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