第4話、スカウト
オーディションが終了して、二日目が経過した。
月曜日を迎えた学校では、香織がアイドル学園に合格したということで大騒ぎになっていた。
「香織、今のうちにサイン頂戴!」
「なんか香織がアイドルって意外かも。」
ワイワイ、ガヤガヤと香織の周りには人だかりができていた。
一方の美波は何をやってもやる気が出ない状態が続いていた。今朝も父親と漁に出かけたのだが餌を付けずに罠を降ろしてしまい、注意をされたばかりだ。
「なんだか私、燃え尽きて灰になったみたい。」
──授業が終わり、部活をしていない美波はそのまま家へ帰る。海沿いの道をいつも通り歩いていた。
「合格していたら、私どうなってたんだろう。」
オーディションが終わってからと言うもの、美波はそんなことばかり考えていた。
学校から家までの距離がさほど離れていないため、悶々としつつも美波は家に着いた。ガラガラと玄関を開けると、ここで違和感を感じた。
革靴が一足脱いであったからだ。
黒光りしていて見るからに高そうだ。サイズからみても父親のものではないだろう。
誰のものだろうか?美波がそんなことを考えていると怪訝な顔をした母親が玄関に現れた。
「美波、鞄を置いたら客間に来て。」
美波は部屋に鞄を置くと、一階に降りてふすまを開けた。
「美波ちゃん、学校お疲れ様!」
「あっ……。」
オーディションで美波が作った料理を食べた審査員が客間にいた。アイドル学園の教師、大林茂である。
「美波……これどういうこと?」
客間の机には学園のパンフレット、それに加えて美波が送った書類が置かれていた。
──これは逃げられないな。
そう思った美波は土曜日のことを全て母親に話した。
香織と一緒にオーディションを受けたこと、客間の男は学園の教師であること。
母親は突然聞かされた話に理解が追いついていない様子だった。
「あれ、親に言わないでオーディション受けちゃった感じ?意外と悪だね!」
頭を抱えながら、母親も客間に腰を下ろした。
「それで、娘に何か用ですか?」
これに関しては美波自身も気になっていた。この人は何故、私の家に来たのだろうか?
「単刀直入に言います、娘さんをスカウトしに来ました。」
母親の頭はパンク寸前だった。
「スカウト……?どういうことですか。」
「一般的な高校で言うところの推薦入学です。娘さんはオーディションで落選しましたが、有望そうな子はスカウト枠で入学できるんですよ。」
茂はグイッと顔を近づける。
「どうですか、娘さんをアイドルにしてみませんか。」
母親の表情が一変し男を睨みつける。
「突然来てこんなことを言われても困ります、うちの娘は父親の仕事を継ぐ気でいるので。」
「それはお母さんがそう思っているだけかもしれませんよ?」
母親と男の間で火花が散っていた。
「というか美波自身はどうなんだ?うちの学園に来れば普通に生活していたら到底着れないような服を着て、ステージで踊ることだって出来るんだぞ。しかもお金も貰える。」
「私は……その。」
幼い頃から漁を手伝っていたとはいえ、美波も女の子だ。綺麗なドレスやカワイイ洋服を着て踊ってみたい。そんな気持ちは確かにあった。
バンッ、と母親が机を叩く。
「娘をそそのかすのは止めてください!」
だが茂は怯むことなく話しを始める。
「これはね、とんでもないチャンスなんですよ。アイドルっていうのはまず顔です。生まれつきなれない子は絶対になれません。」
男の物言いに母親は相当腹を立てているようだったが、茂は気に留めることなく話しを続けた。
「それなら顔が良ければ売れるのか?それは断じて違います。テレビの向こうの皆様、番組を制作している人たち、皆から応援されるような人柄がなければ芸能界では消えていきます。」
「容姿と人柄、この2つが揃って初めてアイドルはスタートラインに立てるんです。俺は美波さんの顔と人柄に魅力を感じてスカウトに来ました。」
茂はスーツから名刺を取り出すと、机に置いた。
「最後に決めるのは美波自身だ。学園に入りたいなら親を説得して、ここに連絡してくるといい。」
そう言うと茂は美波の家から出ていった。
──その夜。
「お父さん、ごめんなさい。」
美波は嘘をついていた事を謝罪し、父親にも事情を説明した。
「……それで、どうするんだ?この学校に入りたいのか?」
「その……。」
ここで言わないと一生後悔する。そう感じた美波は意を決して父親に話した。
「私、アイドルを目指したい。」
「美波!……どうして?今までそんなこと一度も言ったこと無かったじゃない。」
母親は涙ながらに美波に訴えた。父親は相変わらずの仏頂面である。
「……入りたいなら、入れば良いんじゃないか?」
「……!」
父親の意外な返答に美波は驚いていた。しかし、父親は目線を美波に合わせると静かに口を開いた。
「その代わり、お前が芸能関係の道に進むのなら俺は二度と口を利かない。」
「……お父……さん。」
口を利かない、それは親子の縁を切るということだろう。美波は人生で初めて極めて重要な分岐点に立たされた。
「……私は……その。」
──結局この日、美波は答えを出すことができなかった。
翌日、美波はいつも通りの時間に起きたが父親はすでに出港しており、何年も一緒に行っていた漁に連れて行ってもらえなかった。
「私はどうしたら良いの……。」
薄暗い海をただ呆然と美波は眺めていた。
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