第3話、最終審査

「皆さん一つづつお弁当を持っていってください。」

会場のスタッフが二次審査の合格者に弁当を配っていた。

そして当然、合格した美波と香織にも配給される。

「凄い……凄いよ美波!」

弁当にはカレーにハンバーグ、ローストビーフに加えて、色とりどりの野菜が添えられていた。

「あぁ、私生きてて良かった。」

香織はうっとりとしながら豪華な弁当に舌鼓を打っていた。

「私はまだ、実感わかないな……。」

ボーッとしながら美波も弁当を食べ進めていた、すると。

「アンタも審査受かったんだね。」

美波の隣には同じ会場で面接を受けていた、黒咲華夜が立っていた。

「あの……何か用ですか?」

華夜は上に黒のレザージャケット、下にはスキニージーンズを着用しており、同学年とは思えないオーラをまとっていた。

「アンタさ本気でアイドルになりたいって思ってる?」

「……え?」

「私たちは本気でアイドルになりたいと思ってこのオーディションに臨んでるの。だけどアンタからはその気迫が感じられない。ハンパない気持ちで合格枠を減らすくらいなら、今からでも辞退したほうが良いんじゃないの?」

「……。」

美波は何も言い返せなかった。

ここに来ている人たちは人生をかけてオーディションに臨んでいる、それに対して美波は不合格でも父親の仕事を継ぐというもう一つの目標があった。

華夜は言いたいことを言うと二人の前から去っていった。

「気にすることないよ。そもそも美波が合格したのは面接で才能があるって思われたからでしょ?」

「でも……あの子の言ってたことは間違ってないよ。」

言われたことは間違っていない、だが──

「言われっぱなしっていうのは、私の性に合わないかも。」

美波は席から立つと会場の外へ向かった。

「ちょっと、どこ行くの?」

「今から魚買いに行ってくる。」

「え?」

オーディションの持ち物には、自分の特技を披露できるものを用意してください。と書かれていた。

恐らくだが、最終審査で自分をアピールする時間があるのだろう。

これといって特技のない美波は吹奏楽部の香織に手伝ってもらい作曲をしていた。これを特技として発表しようと思っていたのだが、これでは皆の中に埋もれてしまう。

皆ができなくて、自分だけができることを披露しなくては。

「あの子に一泡吹かせてやる!」

──最終審査5分前。

「潮岸さん、304番の潮岸さん居ますか?」

「は……はい!すみません、遅くなって。」

美波は買い物袋を両手に持って現れた。

「遅いよ美波!皆スタッフの人たちと準備してるよ。」

「私も急ぐよ!」

会場では進行役のお笑い芸人が場を温めており、美波がいない間にテレビ局の人からコメントも求められたそうだ。

「私、凄く迷惑かけてるな……。」

美波はスタッフの方にテーブルを用意してもらうよう頼むと、近くの店で購入した作業着に着替えた。

「うん、やっぱり私はこっちのほうがしっくりくる!」

会場の電気が消えると、進行役の芸人にスポットライトが当たる。

「皆さんお待たせしました、それでは最終審査を開始します。最終審査ではステージ上で一人10分の持ち時間を使い自己アピールをしてもらいます。」

会場の裏では、スタッフの人たちが慌ただしく動いていた。フロアディレクターが美波たちに向かって声をかける。

「それでは皆さん、ステージ上に並んでください。」

美波、香織を含めた31人がステージに上がった。

「まずは二次審査を見事に突破した、31人の登場だ!」

バンッ──と今まで浴びたことない光を一身に受ける。

目の前には大量のカメラ、そして審査員席には学園の教師がズラリと並んでいた。

「今回の応募総数は4115人、そこから一次審査を突破し二次審査を受けた人数が1021人──」

「──え?」

美波はここで初めて知った、一次審査は書類を送れば誰でも受かるものだと勘違いしていたからだ。

「4115人の中から栄冠を掴むのは何名なのか、運命の時間が今始まります!」

アシスタントの人がゴソゴソ箱に入っているくじを選ぶ。

「さぁ最初に選ばれたのは224番、新谷早苗さんだ!張り切ってどうぞ。」

会場中に出囃子が鳴り響く、選ばれた彼女がステージ上に立つとあれだけ盛り上がっていた会場内はシーンと静まり返る。

「私は幼い頃からアイドルに憧れていました。」

彼女は最初に決意表明をすると、得意だという歌を歌い、持ち時間の10分を使いきった。

「ありがとうございました。トップバッターということで緊張もあった中、見事な歌を披露してくれました。」

審査員席からもパチパチと拍手が送られる。

「さぁ続きましては406番、春風香織さんです。」

ゴクリ、と香織は生唾を飲んだ。

「香織、頑張ってきてね。控室のモニターで観てるから。」

「ありがとう、行ってくるよ。」

香織はステージに上がると部活で練習している、フルートを吹いた。

「素晴らしい音色です!審査員の心にも、きっと届いている事でしょう。」

控室に戻った香織は膝から崩れ落ちた。

「あぁ……緊張した……。」

「お疲れ様、凄く上手だったよ。」

会場では次々とくじが引かれ、番号が選ばれた人はアピールをしていく。

「次に選ばれたのは325番、黒咲華夜さんです!」

華夜はシルクハットを被り、颯爽とステージへ上がった。スタッフに頼んでいた曲を流してもらうと、素人目から見ても分かるほどのキレのあるダンスで会場を湧かせた。

華夜のダンスは審査員の間でも好評だった。

「黒咲華夜、良いですね。自分独自の世界観を持っていて将来が楽しみです。」

「春風香織も捨てがたいな。ルックスが抜群に良い、地方出身のようだが磨けば光るのでは?」

ワイワイと審査員席が盛り上がる中、一人冷めた目でステージを見ている男がいた。

「なんか……無難なんだよな……。」

デザインパーマのこの男は大林茂。アイドル学園の教師であり、毎年オーディションの審査員もしている。

「──アイドルっていうのは競技じゃないんだ。歌やダンスは学校で死ぬほど練習すれば上手くなる。それよりもこの子なら応援したくなるっていう人柄を俺は見たいんだよな。」

アイドル学園を卒業できた生徒は確実に売れる。だがここ近年爆発的に売れるアイドルを排出できないでいた。

「──昔は売れてる芸人を呼んで、トークコーナーやったりとか面白いオーディションだったのにな……。」

テレビで放送されるにあたり、スポンサーとの関係もあるのだろう。形式にとらわれたオーディションに茂は嘆いていた。

「268番、近藤明子さんです!」

「私はボイストレーニングに通っていて──」

また歌か、カラオケに行けばチヤホヤされるだろうが、芸能界では通用しないだろう。

「今年の目玉は黒咲華夜か……。」

そんなことを考えながら、茂はステージを見ていた。

「素晴らしい歌声でした!近藤明子さんありがとうございます。さぁ続きましては304番、潮岸美波さんです。」

出囃子と共に美波がステージに上がる。休憩時間に買った作業着に着替えたため、ある意味一番目立っているかもしれない。

「私は潮岸美波といいます。私の父は漁師をやっていて、私自身も父の仕事を幼い頃から手伝っていました。」

「ですので、魚に関する知識ならここにいる誰にも負けない自身があります。今から用意した魚を捌いて漁師めしを作ります!」

スタッフの方が用意してくれたテーブルに、まな板を置くと、買ってきた魚を取り出し手慣れた手付きで尻尾の方に切り込みをいれる。スルスルと皮を剥がすと、頭も外す。できるだけ身が無駄にならないように骨に沿って身を外した。

カセットコンロも使い味噌汁も作る。時間がないため鍋に入れる水の量を少なくしてお湯がすぐに沸くようにした。

アイドルのオーディションで何をやっているのかと思われるかもしれないが、美波自身は至って真剣にやっていた。

「出来ました!」

美波の前にはキレイに切られた刺し身と味噌汁が置かれていた。

「もし良ければ誰か食べてみてください。」

──だが、当然誰も食べにはこない。

私場違いなことしてしまったかな……。そんなことを考えながら美波はありがとうございました、と頭を下げるとカチャカチャと調理器具を片付け始めた。

「面白い子がいるじゃないか……!」

茂は立ち上がるとステージに向かって歩いた。

「それ、俺が食べてもいいか?」

「大林先生、勝手なことをされては困ります!」

他の教師が止めるのも気にせず、茂は美波の切った刺し身を素手で口へ運ぶと、味噌汁もグイッと飲んだ。

「うーん、俺はもう少し出汁が効いてる方が好みかな。」

大の大人が、ふた周り以上年下の女の子が作った料理にケチをつける。

「あ……あの!私の家の味噌汁には採れたてのワカメとか魚の身が入っているので、本当はもっと美味しいです!」

「……ふふ、ハハハッ。」

目の前の男が何故笑っているのか、美波には理解できなかった。

「君面白いね、俺アイドル学園で教師をやっているんだ。もし合格できてたら学園で会えるのを楽しみにしてるよ。」

そう言うと茂はステージから去っていった。

──その後、31名全員の審査が終了した。残すは結果発表だけだ。

「本日朝の9時から始まりました、このオーディションもいよいよ終わりを迎えようとしています。」

会場内には大量の照明器具があるため分かりづらいが、外はすでに暗くなっていた。

「それでは発表します、まずは98番、緑川三葉さん!おめでとうございます。」

呼ばれた彼女は目を見開き驚いている、その一方で座り込んで泣いている子もいた。

結果発表は番号順に呼ばれる。97番以下の子にとっては不合格と言われたのと同じだ。

「続きまして、256番──」

だんだんと美波の番号が近づいてくる。頭の中では自分の心臓の音がドクンドクンと響いていて、意識が飛びそうな程だった。

「続きまして、3……。」

ここで呼ばれなければ、美波は不合格ということになる。走馬灯のようにゆっくりと時間が流れた。そして──。

「325番、黒咲華夜さん!おめでとうございます。」

美波は不合格だった。溜まりに溜まった緊張が一気に抜け出し、力が抜けていく。

「406番、春風香織さん!」

香織は合格していたが、美波が不合格だったため複雑そうな顔をしていた。そんな香織を美波は優しく抱きしめた。

「香織、合格おめでとう。」

「み……美波。」

香織は号泣していた。

──結果、今年の合格者は12名だった。

最後に審査員がコメントを述べていたが、美波の耳には全く入ってこなかった。

「──そうだよ、そもそも私が最終審査まで残った事が奇跡だったんだ。明日からまたお父さんの手伝いをしよう。」

美波にとって夢のような時間だったオーディションはこれで幕を閉じた。



















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