ただ書きたいだけの人生だった

青いバック

人生は小説より訳が分からない

 私の人生はとても酷いものでした。嘘です。小説ならば、この書き出しで物語が始まるのでしょう。


 でも、私の人生は真逆で最高のものでした。好きな人と結ばれて、子供にも恵まれました。


 学校一のマドンナと呼ばれる彼女を射止めて、私は有頂天。周りからはやめとけよ、と哀れみと面白い生物を見る視線を浴びさせられていました。


 しかし、そんなこと気にしません。だって、人生は何が起こるのか分からないのですから。彼女を射止めた時は、私は齢十七歳の青二才でした。青臭さがどこか抜けなくて、大人に見てほしいからと、無理に背伸びをしていた時期でした。


 今だから言えることでしょうか。十七歳なんて、まだまだ人生の先が分からない一番楽しい時期でした。明日不幸が振りかからない限りなんでも出来た、未来への活力に溢れている時です。


 この頃の私の将来の夢は漫画家でした。いつか大物になってやるんだ、と息を巻いていましたが現実は甘くありません。いけるだろうと思って出した公募も全部落ちました。


 彼女を射止めてから、ずっと続いていた有頂天の気分は段々と薄まっていきました。でも、どうでしょう。その後、普通に就職をして、彼女にプロボーズをして私は一児のお父さんになりました。長男は、髪の毛はふさふさで彼女によく似た綺麗な鼻筋をしていました。


 もうこの頃になれば、漫画家の夢など過去の遺産となっていました。今は二人を養わなければならない。その責任だけで私は動いていました。


 そして、その二年後私は二児の父になりました。次男は、可愛いらしいクリっとした丸い顔のお猿さんのような顔の子でした。


 私は暇さえあれば、家族をどこに連れて行きました。デパートや遊園地。二人が喜んでくれそうな場所は全て行ったと思います。


 そんな家族で遊んでいるときでした。昔、自分が憧れていた漫画家さんが、たまたまサイン会をしていたのです。


 私はつい足を止めてしまいました。もちろん妻と子供達は、そんな私を不思議そうに見ていました。


 この時でしょう。私の心にもう一度漫画家を目指したいという気持ちが芽吹いたのは。過去の遺産は埃をかぶっていましたが、輝きを忘れていたわけではなかったのです。


 でも、私は二児の父です。長男は中学生になろうとしていました。次男は小学生五年生に。無責任なことは出来ませんでした。


 夢と現実の狭間で、私の心は酷く擦り切れていきました。そんな私を見兼ねて、妻は私にこう言ってくれたのです。


「あなたが目指したいのなら、私は応援する」


 妻が私の夢を応援してくれると言ったのです。私は断ろうと思いました。無責任なことをして、家族を路頭に迷わすぐらいならば、自分の夢を捨てることなど訳ないのですから。


 しかし、妻は断ろうとする私の心を分かりきっていたのでしょうか。真っ直ぐと目を見つめて、やりなさいと口には出てないのですが心で訴えかけてきました。

 私もそんな妻を見て、少しだけ心が傾いてしまったのです。


「考えさせて」


 私はそれだけ言い残して、寝室へ帰りました。寝室のクローゼットには、昔書こうと思っていた物語のプロット案を隠して閉まっていました。


 それを今更ながらに引っ張り出して、私はページをめくりました。昔は上出来だ、と思っていた物なのですが、今見てみたらとても酷いものでした。公募にも落ちるわけです。


 私は見るに堪えないプロット案のノートをかじりつくように見ていました。


 やはり、心のどこかではやりたかったのです。私は寝室からまたリビングへ行きました。


 妻は分かっていたのでしょう。私が寝室に隠していたことも。


「私やるよ。でも、一年以内が期限にしてくれないか?」


「貴方らしいわね」


 私は妻に一年だけ、という猶予を自ら取り付けました。ダラダラとやっていても、無駄だと分かっていたのです。昔の教訓です。


 そこから、二足のわらじ生活が始まりました。仕事を辞めることは出来ません。家族がいますから。


 家へ帰って、物語の案を固めて筆をとる。そしてまた仕事へ。そういう生活をしているものですから、目の下はクマだらけ人相も死んだ魚のようでした。

 でも、不思議と疲れた。という感情はありませんでした。どちらかと言うと、楽しいの方が強かったのです。


 そんな生活をして一年が過ぎました。私はこの間に出せる公募に応募しました。とても、大変でした。それでも、やるならば全力で、とやれることだけのことはやりました。あとは結果を待つだけです。


 二ヶ月後、仕事中の私の携帯に一通のメールが届きました。公募の件です。

 私はそのメールを見た瞬間、心臓が船に打ち上げられた魚のように飛び跳ねました。


 恐る恐るメールを開くと、佳作受賞との内容が。そうです、私は受賞が出来たのです。残念ながら、読み切りという形ですが、自分の書いた物語が世へ出ると言うだけで嬉しかったのです。


 早速、妻へ連絡を入れました。電話越しに聞こえる妻の声は、今まで過ごした中でも一番弾んでいました。その日の夜は、家族でご馳走を食べに行きました。


 私は夢を一回諦めた身の人間です。しかし、夢とはいつでも光り輝いてるのです。埃は被れど、輝きまでも奪い取れるようなことはありません。道は何千とあります。その道を辿っていれば、また同じ道に出るかもしれません。そうしたら、夢がまた自分に逢いに来たと思って、ハグをしましょう。そこから、突き放すのか一緒に道を歩くのかを決めたらいいのです。


 人生はいつまでも光輝いてます。

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