百合心中
時任 花歩
ハレノヒ
今日は成人式。コロナのせいでやるかやらないか直前まで決まらなかったので、今日を迎えられた事を幸せに思う。朝早くからメイクをし、美容室に行って髪を
成人式の会場に向かう途中でお願いしていた花束と花を一輪受け取りに行った。着崩れるからと母が行こうとしたのを必死に止めて自分で受け取りに行った。これは私にとって特別に大切な花たちだから。誰にも触られたくなかった。
会場に着いて最初に
「
「光希…すごく綺麗!お互い椿を選ぶなんて本当に奇跡だね!」
「そうだね………結月もとっても綺麗だよ。綺麗すぎてこの世のものじゃないような気さえするよ。」
「ありがとう…。」光希のこの歯が浮くような台詞をぽんぽん言う事には未だに慣れない。
「ね、こっち向いて。」
「ん?あ、私も!」
「ちょっと動かないでね?………よし、できた!」
スマホ越しに自分を見ると、大きな百合の花が私の側頭部につけられていた。
「すごく大きくて綺麗だね。そうだ、私も。」
私も紙袋から百合の花を出して、光希の側頭部に挿し、ピンで留めた。
「お〜パッと華やかになるね!」
「うん!」
「じゃあまず写真撮るか!」パシャパシャと10枚ほど撮ったところで、高校の同級生や中学の同級生が声をかけてきた。お互いに褒め合って写真を撮って他の子のところへ行ったり、近況報告をしていたら開式の時間になった。式典はただの口実でしかない。
光希が呼んでおいてくれたタクシーに乗って近くの海まで向かった。その間私達はほとんど無言だった。それは緊張から来た沈黙だった。タクシーの運転手さんが必死に話題を振ってくれたが、運転手さんと私、運転手さんと光希という方向の会話しかなく、私と光希の会話はほぼなかった。
海に着いた。砂浜を歩く度、足袋に砂が付いた。
冬の海は人がいない。
海に沿って、無言で歩いていた。
「結月。」突然呼び止められて振り返った。
「なに?」光希が持っていた紙袋から真っ白な花束が出てきた。
「え?!どういうこと?!」
「結月、好きだよ、愛してるよ、ずっと。」そう言って涙ぐんだ光希が私に真っ白な花束を渡してくれた。そしてリングケースからダイヤモンドがついた指輪が出てきた。私も嬉しくて、悲しくて、涙が出てきてしまった。そして私は静かに左手を差し出した。光希も泣きながら、私の薬指に指輪をはめた。
「ありがとう…。私もね、光希に渡そうと思って…。」私も紙袋から真っ白な花だけの花束とリングケースを出した。
「受け取ってくれる??」光希は大粒の涙を流しながら首を縦にうんうんと振った。
光希の左手の薬指にダイヤモンドのついたリングをはめた。ぎゅっと心臓が掴まれるような感覚になった。ぎゅうっと抱き締められた。私もぎゅっと抱きしめた。そしてお互いの唇を寄せた。
しばらくして、乾いた砂の上に腰を下ろした。
光希が抱えた花束を見つめながらおずおずと口を開いた。
「本当にいいの?その…。」
「いいの、だから今ここにいるの。だから両手の薬指に指輪をはめてるんだよ?」
「そっか…、なんだかセンスのない付け方だねぇ。」両手の薬指に一つずつ指輪がはめられているのを見やる。
「いいんだよ、私達にとってこれが正しい順序でしょう?」
「そうだね。結月がいいならなんでもいいや。」
「あ、ねぇストーリー載せてもいい?」
「ん?いいよ最初で最後だしね。」
カメラにお互いの左手と、2つのブーケが写る。動画には波の音だけが入った。保存だけして、何も編集せずに載せた。
「私今、世界で一番幸せだよ。最高の結婚式だった。お互いにブーケと婚約指輪用意するなんてほんとに奇跡みたいだったよ。」
「私もだよ。最愛の人に出会えて、愛されて、ずーっと幸せだったよ。結婚指輪はずっとしてたけどさ、婚約指輪は今日だけしかって思ったんだよね。本当に奇跡だよ。」
「よかった…。そうだよね今日だけだよね……。」そう呟いて私は左手を見た。夕日できらきらと光って見える。綺麗だなぁと思った。幸せでため息がでた。
「……あ、そろそろ日が落ちそうだね。」
「うん、そろそろ行く?」
「うん、行こう。」
私達は黙って小さな鞄にスマホを仕舞った。足袋を紙袋に入れ、草履はその場に並べて置いた。 立つ鳥跡を濁さずって実際こういうことなのかなと思った。お互いの手首を一緒にして縄で縛った。決して離れないように。ブーケを抱いて、手を繋いで歩く。
右足が海に触れた。冷たかった。既に振袖の裾は海水を吸い始めていた。
「あのね、光希は私にとっての太陽だよ。いつも私を照らしてくれてそばに居てくれた。太陽のないところで人間は生きられないのよ。だからずっとそばに居させて。」
「結月……。ずっとそばにいるよ。来世も絶対に一緒だよ。」
「うん。」冷たい水が胸の辺りまできた。振袖や帯が水をたくさん吸い込んで、体がどんどん重くなっていく。おまけに海の冷たさで感覚が麻痺してきた。まぁいいか。来世はきっとこそこそしなくても幸せになれるだろうから。
もう水が首まで来た、もうそろそろだろう。なんとなくそう感じる。
光希がブーケを持った手を私の背中に回した。私も同じように抱きしめ、再び唇を寄せた。そのまま私達は寒空の下、海に沈んだ。
百合心中 時任 花歩 @mayonaka0230
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