第43話 一方、ネブリミア王国では?
こうして『魔導料理屋シャーレア』は好スタートを切った。
特に魔導炊飯釜の発注が凄い。初めは商人の方だけかと思っていたが、一般の方からも発注が続いて、結局初日は70台もの受注をいただいた。さらにその後も続き、3日間で100台もの注文受けることになってしまった。
ただこの100台というのは、何人かお断りさせてもらっての数値である。
3日昼からは、しばらく注文を受けないことにしたのだ。
100台となると、年間で考えてもざっと3日に1台作らないといけない。
現状、私の作業量では、これが手一杯だ。
加えてシャヒルから頼まれて、新作の魔導具も開発している。
もうすでに1年の休みがなくなってしまった。
お客様が喜ぶ限り、頑張る気持ちはあるけど、自分の体調を壊したら、結局首を絞めるのは私だし、お客様にも迷惑がかかる。
1年待たせるわけにもいかないし、これは早急に人を雇う必要があるだろう。
雇うなら魔工師資格を持つ人ということになる。でも、新米の民間魔工師の言うことなんて聞いてくれる人なんているだろうか。
でも、1年で30台売れたらいいなあぐらいで考えていたのに、それが1日で達成した上に、その3倍の台数を経った3日で達成するなんて。思っていた以上、魔導調理器には魅力があったらしい。
いや、そもそも望まれていたけど、今までネブリミア王国が作ってこなかったのが原因である。
そんな人々の欲望が、栓が抜けたみたいに私の魔導炊飯釜に注がれた感じだった。
「さて、どうしようか?」
「うーん。どうしようかなあ?」
閉店した店内で頭を抱えていたのは、私だけではなかった。
カウンターでシャヒルが売上票を眺めている。いつも自信満々なシャヒルが、今日は珍しく浮かない顔をしていた。
横ではステルシアさんとライザーがモップがけをしていて、すでに床はピカピカだ。
「シャヒル、どうしたの?」
この3日間、お客さんの入りは上々だ。
初日は目標売上を達成。ただ2日目、3日目は目標売上を下回ったけど、トータル3日間の売上は目標に達した。
確かに2日目、3日目の目標売上は下回ったことは、心配な要因ではあるけど、シャヒルは気にしていない様子だった。
「トータル3日間の売上は良かったでしょ? スタートダッシュ成功だと思うけど」
「うん。悪くないと思うよ。ただ問題は客層かな?」
「客層?」
商談や工房に出入りしながら仕事をしているから、ホールの中でのことは、あまりちゃんと見れてない。
客層といわれても、ピンとこなかった。
私が首を捻っていると、ステルシアさんが教えてくれた。
「テラスヴァニル人があまり来店してないんですよ」
「え? それって現地の人が利用してないってこと?」
「そうなんだよ。肝心のテラスヴァニル国民が少ないんだ」
シャヒルは自分の赤毛を撫でる。
よく考えてみると、初日にシャーレアにいたのは魔導炊飯釜を買い付けにきた商人や、ネブリミア王国などからの旅行者や貴族が多かったように思う。
テラスヴァニルの人は、割と見分けやすい。湿度の高い気候だから若い人は薄着だし、ご高齢の人は伝統的な衣装に身を包んでいることが多いからだ。
「どうしてでしょうか? もしかして、シャヒルに料理を作ってもらうのは恐れ多いとか」
「まあ、それも理由としてはあるかもだけど、たぶん国民性だろうね。テラスヴァニル王国の民は、どちらかと保守的な考えが多い。新しいものに対して警戒心が強いんだ」
「なるほど」
私が思い出したのは、前にシャヒルが話してくれたお母さんの話だ。
とても保守的な王宮の空気に合わず、シャヒルのお母さんは王宮を追放された。
先鋭的な考え方や技術を嫌い、何百年前にできた戒律を後生大事に守っている。
王宮の保守的な考えが、そのまま国民性にも表れているのだ。
次にステルシアさんが口を開いた。
「もう1つ問題があります。おそらくこの店の名前です」
「え? シャーレアのどこが悪いんですか?」
「シャーレアは悪くありません。……問題があるのは『〝魔導〟料理店』の方ですね」
「テラスヴァニル人は基本的に魔法を嫌ってる。それは前に話したね、カトレア」
「はい。昔戦争があって、多くの民が魔法で殺されたからと――――ああ、なるほど。だから『魔導』という名前が付く料理店に、警戒心を持っているんですね」
最初に聞いた目新しいという理由と合わされば、確かにテラスヴァニル人が嫌う要素を2つ持っているということになる。
「売上としてはまずまずだけど、国民が来ないとなると本末転倒だ」
シャーレアを立ち上げたのは、魔導具によってテラスヴァニル人のライフスタイルを変えてもらうためだ。
時間はかかることは百も承知だけど、肝心のテラスヴァニル人が来ないのではシャーレアをやっていることは意味がなくなる。
普通の工房に料理屋をくっつけただけだ。
それじゃあ、シャーレアの理念に反する。
「でも、シャヒル……。これは元々わかっていたことじゃないの? 私たちが戦うのは、王宮でもなく、権力でもない。テラスヴァニル王国を支配する空気感だって」
「カトレアの言う通りだ。まだ3日……。3日でへこたれるぐらいなら、シャーレアなんてやらない方がいい」
「頑張りましょ」
「うん。頑張ろう、カトレア」
シャヒルはようやくいつもの表情を取り戻す。
でも、このままではダメだ。今の状況を変えるきっかけが必要なはず。
(私が今作ってる魔導具がその発端になればいいのだろうけど……)
私がシャーレアの経営について悩む中、私の故郷であるネブリミア王国ではあることで魔導局が大騒ぎになっていた。
◆◇◆◇◆ ネブリミア王国 ◆◇◆◇◆
「違う!!」
ネブリミア王国王宮魔導局の一室で、1人の男が叫んだ。
その足元には、砕け散った精霊石が落ちている。琥珀色の光を放っていたが、石が砕けたおかげで魔力が漏れ、徐々に光を失っていく。
男はロマンスグレーの髪に、同じ色の顎髭。牧師のような黒いスーツに身に纏い、テーブルには黒のシルクハットが置かれていた。堀は深く、三白眼で、左目に傷があるため余計に強面に見える。その瞳は怒りに震えて充血し、氷のような薄い水色の網膜が今にも溶けそうだった。
一見、死神のような年配の男は、目の前で慌てふためく2人の技術者を睨む。
1人はネブリミア王国王宮魔工師。もう1人は女性で、王宮錬金術師だった。
さらにもう1人折衝役のような男がいて、興奮する年配の男を諫めていた。
「落ち着いてください、ブラウマンさん。何がいけなかったのでしょうか? 我々にはまったく――――」
折衝役の言葉を最後まで聞かず、ブラウマンと呼ばれた男は黒のシルクハットを取る。 ロマンスグレーの頭に収めると、あの氷のような瞳を折衝役に叩きつけた。
「あんたたちとの専属契約を切らせてもらう」
「な、なんだって! そんな!? 突然――――。あなたとの契約は2年も残っているんですよ」
「黙りたまえ」
それはとても落ち着いていて、そして言葉そのものが凍り付いているようだった。
事実、部屋にはブラウマンを除けば、3人いたわけだが、皆が一斉に口を噤んでしまった。
「確かに君たちにはこれまでの功績があり、感謝している。しかし、ネブリミア王宮と契約したのは、君たちがそれまで私が求めるものを持っていたからに過ぎない」
「今は違う、と――――。それにしても突然過ぎないか? 契約を破棄するにしても根拠が」
「君たちが私の求める要求に応じなかった。それ以上の根拠がどこにあるんだね」
氷の瞳が剣を抜いたかのように光る。
折衝役は小さく悲鳴を上げて、ついに床に尻餅を付けた。
殺される――ほどではないにしろ、それに近い圧迫感を感じたことは反応から間違いなかった。
「失礼する」
ブラウマンは一礼する。
それは彼が今できる最大限の礼儀であったのかもしれない。
死神のような男がいなくなった後、折衝役の男は魔工師と錬金術師に手を借りて立ち上がる。軽く尻を叩いた後、「チッ!」と大きく舌打ちした。
「耄碌ジジィめ! 調子に乗りやがって。こっちはスポンサーなんだぞ。もっと愛想よくしたらどうなんだよ」
折衝役の男はイカルズと言って、魔導局局長付け営業課の課長だ。
この男が今までネブリミア魔導局で作られてきた魔導具を販売してきた。
功績は輝かしく、失脚したラグリーズと二人三脚になって、ネブリミア製魔導具を世界ブランドに押し上げたのも彼だった。
懐に手を伸ばす。煙草でも取り出すのかと思いきや、出てきたのは飴だった。
木の串の先には、林檎のように赤い飴が付いている。
それを口の中に含んだまま、モゴモゴと舌を動かした。
「困ったクレーマーだ」
「でも、ブラウマンの影響はデカいですよ、課長」
「そうです。彼はネブリミア製魔導具の広告塔の1人です。世界中に――――」
「うっせぇよ。爺さんクレーマーに何をビビってんの、お前ら。どうせスポンサーフィーを上げてもらいたくて、ごねてるだけさ。うちの技術は世界一だ。そのうち戻ってくるだろう。爺さんの魔導具は、うちでしか直せないんだからさ」
イカルズは口角を上げて怪しく笑うのだった。
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