第41話 シャーレア、開店!
いよいよこの日を迎えた。
『魔導料理店シャーレア』の開店日だ。
カーテンを閉め、まだお客さんのいないホールはひっそりとしている。
初日に一体、どれだけのお客さんが来るかは未知数である。
魔導料理は私が作る魔導調理器と、シャヒル王子の料理が合わさったもの。
バーガー、カレー、ハンバーグといったすでに大衆に根付いた料理ではない。
聞き慣れない料理に、お客さんがどう反応するのか。
シャヒルも、私も心配していた。
祈るような気持ちで、私は開店日を持つ。
自然と両手を組み、祈る。
もし、店の前にお客さんがいなかったらと思うと、足が竦んだ。
「大丈夫だよ、カトレア」
シャヒルは組んだ両手をそっと自分の手で包む。
暖かい彼の感触と、いつも私を安心させてくれる青い瞳を見て、少しだけ不安がなくなった。
足元にはライザーだ。私を励ますように『バァウ!』と吠えた。
魔導時計が大きく鳴る。
呼応するように外で半日鐘の音が、王都に響き渡っていた。
所謂、お昼の鐘だ。
「開けるよ、カトレア」
「はい」
ステルシアさんが一斉にカーテンを開く。
眩い陽の光が差し込むと同時に、シャヒルが開けた扉の向こうから新しい風が入ってくる。
私の耳に飛び込んできたのは、たくさんの人の歓声だった。
現れたシャヒルと、開かれたお店を見て、お客さんたちは手を叩く。
新しいお店を歓迎してくれていた。
そっと私の肩を叩いたのは、ステルシアさんだ。
「さっ。カトレア様、王子と一緒にご挨拶を」
言葉を聞いて、私は自然と歩き出す。
シャヒルと一緒に現れた私を見て、お客様はまたさらに声を上げた。
戸惑う私をよそにシャヒルは、私の肩を抱く。
「お待たせしました。カトレア・ザーヴィナーと、シャヒル・アス・テラスヴァニルの魔導料理店――名をシャーレア。開店です」
シャヒルが高らかに宣言すると、開店を待っていたお客様たちは再び手を叩く。
歓声が上がり、私たちの料理店を祝福する。
興奮したライザーが大きく遠吠えを上げた。
初日のお昼はとにかく大忙しだ。
開店したばかりのシャーレアにお客さんがひっきりなしにやってくる。
5席のカウンターと、3卓のテーブルはあっという間に埋まり、あちこちから注文の声が聞こえてくる。料理店でお仕事したことがないけど、こんなに忙しいとは思わなかった。
お客さんが押し寄せても、シャヒルは冷静に注文を捌いていく。
魔導調理器を完璧に使いこなしながら、時短料理の知識を披露していった。
忙しそうだけど、鍋を振ったり、包丁で野菜を切ったりしているシャヒルはとても楽しそうだ。
さらに私が感心したのは、ステルシアさんだった。
通常の食堂と比べて、席数は少ないけど、たった1人で注文を取って、確実にシャヒルに伝えている。料理を出すタイミングも完璧だ。注文の間違いもない。
さて私はというと、商談に追われていた。
お客様の中には、商人の方がいて、私が民間魔工師資格試験で作った魔導炊飯釜を求めて、わざわざ商談にやって来ていた。
「いや、5台! いや、10台!!」
「ええ。そ、そんなに!!」
「うちは20台買うぞ」
「に、20台!!」
開店して、早々にもう50台の注文をいただく。
魔導炊飯釜の技商権は、ネブリミア王国王宮魔工師パストアと争った結果、私が勝ち取った。販売する権利は私しか持っていないから、商人の方たちは首を長くしてずっと待っていたらしいのだ。
開店までに20台作って、完売するかなと不安だったけど、まさか在庫の倍の注文をもらうとは思ってもみなかった。
「もちろん、注文の多い私の注文を優先いただけるのでしょうな?」
「あ。お前、ズルいぞ! 先に声をかけたのは」
「いや、私だって……」
ついには喧嘩になってしまう。
商談ブースは大騒ぎだ。
「すみません。商談数が多いので、ひとまずお1人様3台までにさせてください。残りは後日ということで……。まずは多くの皆さんに使っていただき、ご意見をいただきたいので」
あまりにも注文数が多いから、まずは試験的な販売ということで納得してもらった。
魔導炊飯釜は国際的に定める法律に基づいて試験を行い、安全性を確認している。私も万全を期して作っているけど、それでも何か不具合が起こることがある。初期ロットなら尚更だ。
いきなり50台も売って、その後問題があって返品されては、結果的に商人の方たちに迷惑をかけてしまうことになることも懸念される。
ひとまず様子を見ることにした。
商談が終わる。商人たちは立ち上がって、そのままシャーレアを出ていこうとした。
「あの良かったら、お料理も食べていってください」
「いや、しかし……。私は商談をしたくて」
まさか商談だけで、この店に来たのか。
そういうこともありうるとは思っていたけど、シャヒルの料理を横で見ながら何も食べていかないのは、ちょっと失礼じゃないのかしら。
なるべく感情を抑えつつ、私は商人の方たちをもう一押しする。
「お買い上げいただいた魔導炊飯釜で作った料理がたくさんあります。是非性能をご自分の目で確かめていってください」
3人は一瞬目配せした後、仕方ないという感じで息を吐く。
「わかりました。カトレアさんがそこまで仰るなら」
「注文させていただきましょう」
よし! うまくいった。
私は厨房を覗くと、後は頼んだとばかりにシャヒルに目配せを送る。
商談も大事だけど、このお店の常連にもなってもらわないと。
ステルシアさんにバトンタッチし、商人の方たちはちょうど空いた席に案内される。
イラスト付きのメニュー表を見て、何の料理にするか悩んでいた。
余談だけど、バーガー屋の絵はステルシアさんが描いたものらしい。このシャーレアの注文表も、彼女が描いたものだ。バーガー屋で見たように、どれもとっても美味しそうな絵が描かれている。
「では私はロールキャベツを……」
「あ! それはオレも頼もうとしていた奴!」
「別にいいではないか。2つ頼めばいい」
「心情の問題だ。そもそも魔導炊飯釜に最初に目を付けたのは私だからな」
「それを言うなら、わしじゃ。……あとアサリと鱈の煮込み料理も頼む」
「それも私が頼もうとしていた……」
商人たちはまだ喧嘩している。
なのに一緒のテーブル席に座るなんて。仲がいいやら悪いやら。
商人の方ってこんなものなのだろうか。
注文を聞いたステルシアさんは、シャヒルとアイコンタクトを取る。
何か意思疎通が行われた後、ステルシアさんは口を開いた。
「でしたら、人数もいますので、ホールキャベツにされてはいかがでしょうか?」
「ホールキャベツ?」
「ロールキャベツを大きくしたものだとご理解ください。食べ応えがあって、とてもおいしいですよ」
「ほう。それは面白そうだ。じゃあ、1つ」
「勝手に決めるな」
「じゃあ、お前はいらんのか?」
「食べるに決まってるだろ。あんたに決められたくないんだよ、こっちは」
席を立って、声を荒らげる。
一触即発かと思われたけど、他の商人たちは冷静だ。
こういう場面は日常茶飯事なのだろうけど、見てるこっちがハラハラする。
「はいはい。ではそのホールキャベツと、アサリと鱈の煮込み料理を頼もう」
「お嬢ちゃん?
質問すると、ステルシアさんは一礼して答えた。
「お好みでよろしいかと」
「では、私は
「わしも頼む」
「じゃあ、オレは『
注文を繰り返し、ステルシアさんは恭しく頭を下げる。
今日は口元を隠していて、目元だけ見えるからか、同性の私から見ても何か色っぽく見える。事実、
男性優位のテラスヴァニル王国では、女性の給仕は珍しいから余計だろう。
しかし、ロールキャベツならぬ、ホールキャベツを頼んだか。
ふふ……。きっとビックリするわね、あの商人たち。
しばらくして、ステルシアさんが料理を運んできた。
「早いな」
「我々はロールキャベツを頼んだんだぞ」
「いや。ホールキャベツだ」
注文からそんなに時間がかかっていないのに、料理がやってきたことを不思議がっている。でも、それは魔導料理引いてはシャヒル王子の好きな時短料理の醍醐味でもある。
時間が早くて、かつおいしい。
それがシャヒル王子が目指す料理の形でもある。
ステルシアさんは丁寧にテーブルに料理を置く。被せていた銀蓋を取った。
白い湯気とともに現れたのは、たっぷりの赤茄子ソースを被ったキャベツだ。
ちょうどキャベツを半分に切ったものが、白い陶器の器に置かれている。
ロールキャベツなので、
「ホールキャベツって……」
「ただのキャベツじゃないか?」
「お前、なんてものを頼むんだよ!」
また商人の方たちは喧嘩になってしまう。
私は横で見ていて、慌てふためくのだけど、やはりステルシアさんは冷静だった。
「お客様、落ち着いてください。ホールキャベツの醍醐味はここからです」
冷静に忠告する。その手にはよく研がれた包丁が光っていた。
異様な雰囲気を察してか、先ほどまで声を荒らげていた商人の方たちは思わず息を呑む。
ステルシアさんがそっと包丁を近づけると、小さく悲鳴を上げたが、商人の方たちの喉元に突き立てられることはなく、キャベツへと向かった。
丁寧に、かつ均等に8等分していく。それこそまさにケーキを切るようにだ。
すると、断面から現れたのは、分厚い肉種の層だった。
蜂蜜のように濃厚な肉汁を垂らし、良い香りを漂わせている。
半切れのキャベツの中に詰まっていたのは、巨大な肉種だったのだ。
『うおおおおおおおおおお!!』
一斉に声を荒らげる。
ステルシアさんは歓声にも似た声を浴びながら笑った。
「お待たせしました。魔導炊飯釜で作ったホールキャベツでございます」
まさしく1ホールのケーキを思わせる、ロールキャベツならぬホールキャベツだった。
火が通って軟らかくなったキャベツに、濃厚な赤茄子ソース。
豚挽き肉を使った肉種はとにかくインパクトがあり、おいしそうな香りを漂わせていた。
「これはなんと……」
「ケーキのようなロールキャベツとな」
「これを先ほどの魔導炊飯釜で作ったというのか。信じられぬ」
1人は呆然とし、1人は唾を飲み込む。最後の1人はただただ感嘆していた。
「どうぞ。冷めないうちに……」
ステルシアさんは食事を促す。
我に返った3人の商人たちの前には、ショートケーキみたいに切られたホールキャベツがいつの間にか置かれていた。
早速とばかりに、3人はナイフとフォークを持つ。
冷えた
ナイフで切り、赤茄子ソースをたっぷり吸ったキャベツと肉種を口に入れた。
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