第15話 宿る闇

 ※第15話は犯人の小川の過去であり今回の犯罪の動機が書かれています。


 物語の核心部分でもあり筆者としては読んで頂きたい部分ではありますが重い話であり当時の筆者の勝手な言いがかりで暗黒面です。


 できる限りそれだけのお話にならないように数年後に加筆修正したつもりですがそれもあくまで筆者の主観です。


 特に自殺にまつわるお話が苦手な方は第16話に飛んでください。

















 小川はこう話しだした。

 

「私の父は売れない画家で看板に文字や絵を描くことで生活費を稼いでいた。生活の苦しさから父は贋作に手を出した。すぐにばれて父は画家生命を絶たれた。」


「あなたの父も贋作に手を染めていたのか。」


 楠田は怒りを抑えきれないといった感じだった。


 小川はそんな楠田を見ながら軽蔑するかのような態度でいた。上から見下し言葉を発する。


「それでも絵が描きたかった父は近くの駅前で似顔絵描きを始めた。だが贋作を描いていたことを知っていた者達が邪魔をし喧嘩を売り何もできない父の利き腕を何度も踏みつけ蹴とばした。これが未来ある若者が私の父にしたことだが?」


 黙って楠田は小川をにらみつけたままだった。


「救急車がすぐにきて病院に運ばれたが、父は医師に『もう2度と絵は描けないかもしれない。』と告げられた。これは前途ある若者が無理やり喧嘩を売ってきて、私の父が何もできないのをいいことに好き勝手に殴って蹴とばした結果だが?」

 

 医師の言ったように腕は自由に動かせるほど回復せず思うように絵が描けなくなった父は絶望し自殺した。君の言う若者には未来があって私の父には未来がないと?」


 笑いながら話してはいるが目に憎しみの炎は宿る。


 早坂とは違った静かな怒りのこもった憎悪だった。


「母は私を育てるために身を売った。私の家族には救いはないということですかな?自分勝手な父だからと?贋作を描いてたから仕方ないと?そんなわけがないだろう!」


 小川は机に拳を振り落とした。江口はびくりと体を震わせた。


「名も知らぬ若い男が家にのさばり、母と幼い私に暴力をふるった。私はただ怯えて日々を過ごした。学校から家に帰りたくなかった。なるべく時間を一人でつぶしできるだけ家にいないようにした。家に私の居場所はなかったですからな。」


と苦々しい顔をした。


「私は母が大好きだった。この広い世界で母は私を守ってくれたからだ。最初のうちは幼い私が殴られているとかばってくれていた。しかし途中から家に入り浸っていた男と一緒にどこにでもいけたらと愚痴るようになり最後の方は『あんたさえいなければ!!』と叫びその男と一緒に私に虐待するようになった。」


 話している小川の表情は苦渋に満ちていた。


「こんな状況で未来に何を期待しろと?私が苦しんでいた時に世間が幼い私に何をしてくれた?可能性なんて私には初めからなかった。」


 挫折し幼い小川と妻を残してあっけなく死を選んだ小川の父、暴力をふるう男と一緒に虐待する母を恨むなという方が無理だろうと楠田は思った。


「暴力を振るわれ続ける日々は永遠に続くかと思われた。何もできずただ怯えるだけの日々だった。だが10歳になった時、母は私を一人残してその男と失踪した。私はそこで初めて虐待されない人生を歩んでいけるようになった。母に見捨てられた結果が虐待されない日々の始まりだった。」


 小川は本当についてないと子供のころからずっと人生を半ば投げ出していた。うまくいかない理由を小川は周りのせいにした。


 小川の父が貧しいながらも看板の文字や絵を描いていたころが一番幸せなはずだった。


 だが昔のことすぎて悲惨な子供時代を過ごした小川にはその頃の記憶はもうなかったのだ。



「私は親戚をたらい回しにされ転々とした結果、孤児院に引き取られた。そこでの惨めな生活と子供の頃の父の挫折と母の行動を見て金を手に入れようと私は思った。」


 楠田は複雑な心境になった。つらい日々の連続で人が信じられなくなったということは分かった。金に魅力を感じたのも分かる。


 だがしかし、その同情をしてはいけないと自分自身の心が言っているのも感じていた。


 小川は静かにただ淡々と無表情に語った。激情にとらわれたのは父の死と母の身売りと優しかったはずの母の豹変ひょうへん


 この男の犯行は幼い日々の虐待を誰も助けてくれなかったこと、母に裏切られたこと、助けてくれなかった世間への復讐のようなものかもしれないと楠田は思った。


「だから私は人の夢をつぶすときが、他人の不幸を見る時が一番楽しい。」


 小川はそれこそどんな時より楽してく仕方ないといった恍惚こうこつとした表情で笑った。楠田はこんな恐ろしく吐き気のする笑い顔はないと思った。


「それ以上の楽しみがこの世にあると思いますかな?フフフ。どれだけ考えてもでてこないでしょう?」


と笑いを抑えるのに精いっぱいといった様子をみせた。


「苦悩に満ち苦しみと後悔と絶望に歪んだ顔ほど面白いものはない。他人の不幸ほど世間は喜びますからな。正義をふりかざしていようとどんなに誠実なふりをしても自分より幸福な者が転落をしていくさまを見ることが世の中の一番の楽しみではないですか?」


 それこそ楽しくて仕方ないという顔をして笑い、


「そうでなければ政治家の汚職を追い詰め続け、国会で国政の話し合いをせず足を引っ張ったのに、私たちのせいではないですよ?汚職した人間がいるから悪いのです。といって困窮する政治家をみるのが世間の皆様は楽しいのでしょう?視聴率が取れてしまうからテレビも放送をやめないですしな。あげく政治家が自殺したら何事もなかったかのように別の事件を追いかける。壊れたおもちゃに興味はないのですよね?」


 新人の江口は小川の聞くに堪えない悪意を聞いて気分が悪くなった。


「いやいや世間の皆様はとても分かりやすい性格をしておいでで、私と仲良くなれそうじゃありませんか。私と親友になれるのではないかと思ってしまいます。」


と小川は真顔で語る。


「この政治家が死んだのは誰が悪いんですかな?追い詰めた政治家たち?面白がって騒ぎ立てたマスコミ?それを黙ってみていた世間の皆様?それとも汚職をしたことを追及され、それに耐えらえれず死んでしまった政治家自身なんでしょうかね?フハハハ。」


 面白くて仕方ないといった様子で小川は話し続ける。


「死んでしまったら反応がなくなって楽しみが終わってしまいますからな。こんなつまらないことはない。相手が死なない程度に、反撃してくる気力がない程度に痛めつけないと意味がない。世間の皆様はそこらへんが良く分かってらっしゃるようで私など足元にも及ばないでしょうからな。そういう嗜好しゅこうの持ち主とは私は仲良くなれそうですな。」


と笑いをこらえるのが大変そうな小川。


「政治家が国会で追及され自殺したのは誰が悪いのか?みんな私にはそんなつもりはなかったというでしょう。追及した政治家も正義のために不正は許さないと追い詰めたマスコミも、それを見て政治家の事務所に苦情の電話をかけた世間の皆様も、テレビを見ていただけの世間の皆様も。何も知らなかった方々も。誰にも責任がないというのであれば日本国民全員が共犯でしょう!自殺は誰かがいじめられていても自分には関係ないというある種の無責任が引き起こした殺人だと私も思いますからな。」


 小川は言いたいことを言い反論が楠田からなくなったことに気をよくしていた。



「だから世間の皆々様と同じようにお金より名誉より命を取るより他人の人生の夢や希望を奪うこと。すなわち他人の不幸を見ることこそが私の至上の喜びなのですよ。」


 一通り話し終えた小川はふぅと深呼吸した。


 世間に認められなかった画家が絶望に飲み込まれあらがえず死んでいった。その悲劇の縮図がここにあった。



 その話を聞いたうえで楠田はこう反論した。


「最悪の人生を生きてきたということが他人の人生を無茶苦茶にしていい理由になんて絶対にならない。あんたの父親が自殺したからといって政治家の自殺の話を持ち出してあんたの犯罪が許される話になる訳じゃない。罪は罪だ。そもそもあんたの復讐の相手が違うだろう。あんた父親の自殺の原因は贋作をしていたあんたの父親の手を痛めつけた連中だ。本当に復讐するというならその犯人を裁判にかけ罪を償わせるというのが本来の筋だろう。あんたの嗜好しゅこうを正当化するのにたまたま政治家の自殺の話が当てはまった。それだけのことだろう。むしろご家族にとってはあんたの話は失礼だ。」


 楠田はそう言い切った。絶対に忘れてはならないことがある。


「お年寄りを騙して贋作を売りさばき多額の利益を得たこと。薬漬けにして若者の人生をボロボロにしたこと、その若者たちを使って贋作がんさくを作らせて画家としての未来まで失わせたこと、なによりたくさんの若者の未来の可能性をつぶしたこと。これらはあんたが最優先で償わなければならない罪だ。早坂君たち若者の未来や可能性、そしてささやかな、けれども暖かい家庭のある若者たちの普通の幸せな人生にあんたは嫉妬したんだ!」


 小川は顔を歪ませて楠田の顔を睨みつける。


「早坂君には頭が重いからなんとかならないかと言っていたので頭がスッとして体がシャキッとするよと言って一回薬を渡しただけ。そのあとは早坂君の方からどうしても薬を売ってくれと言ってきたから売っただけだ。」


 小川は楠田の反論に何も言い返せなかったこと、早坂に嫉妬という言葉が気に入らなかったため薬物の話を肯定した。


 楠田はこの話が真実かどうか裏をとらなくてはとおもった。


 薬物ルートの摘発とバイヤーの摘発。楠田はやらなくてはいけないことはいよいよ増えてきたと思った。


 取調室で激論をかわす二人に圧倒されただ見ていただけの江口は


「いくぞ」


という楠田に急いでついていこうとして盛大に椅子をひっくり返し


「なにやってんだ、まったく。ほら、しっかりしろ!」


と楠田に怒られながら取調室をでていった。

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