第14話  奪われた未来と夢

 楠田と江口は警察署に帰ってきていた。


「楠田さん。」


「おお、安内やすうちさん、早坂の薬物検査の結果はどうでした?」


 ちょっと曇った顔をして安内は


「陽性反応がでましたね。」


「やはりか。ありがとう。遅くにすまんね。」


「いやいや、楠田さんのご要望ならできる限りのことはしますよ。」


 ではと軽く会釈して楠田と江口は小川の取調室に向かう。



「贋作事件から麻薬まで出てきたというわけか。」


「面倒なことになってきましたね。」


と江口は渋い顔をする。


 ガチャッとドアを開け先にいた警察官2人と交代する


 灰色の壁と無機質な机と硬い椅子。その中に小川がいた。小川と2度目の対面だった。



「柏君の下手な贋作の話のほかに今度は何を話せというんですかな?お二人様は。」


と開口一番言い放ったのは刑事ではなく小川だった。


 黒い髪にところどころ白髪のまざった初老の男性。だが髪も整えられておりスーツを綺麗に着こなして清潔感があふれる紳士。詐欺師特有の目が笑っていない乾いた笑顔。


 親切そうに優しそうに見えるけれど全て偽り。それが小川だった。


「贋作作りになぜ早坂君を利用した?」


「私の美術展に応募してきた者だから住所氏名年齢も分かる。ちょっと調べれば親戚縁者の少ないことも分かる。かつ美術の素養があり、経済的に裕福な家庭ではなかったからですな。最初は3万、次は20万、徐々に上げて行って1つの作品につき50万程でしょうか。報酬を支払いましたな。」


すらすらとしゃべり悪びれた様子はなかった。


「いくらで贋作を売りつけていたんだ?」


と楠田は問い詰める。


「200万から400万のものですな。高すぎず安すぎず世間の評価もそこそこ高いがすべての人が知っている程有名な作品ではない。そういったものを取り扱っておりましたな。」


 感情の起伏もなく淡々と話す小川だった。


「儲けは1つの作品につき150万から350万くらいか。」


 裏帳簿の取引の内容にも一致する額のようなので一人頷き


「何人の画家に描かせていたんだ?」


「20名ほどですかな。皆よく働いてくれました。」


 小川はぺらぺらとしゃべってくれている。楠田にとっては都合がよかった。



「では小川さん。ここにあなたの裏帳簿がある。この中に本来ならあなたからお金は贋作を描いている画家に払うお金ばかりのはずなのに逆に入金されているものがある。これはどういったお金なのです?」


 楠田は頭をペンでぽりぽりとかきながら、眼鏡越しに小川の顔を覗き込む。


「私は存じかねますな。」


 小川が初めてしらばっくれた。楠田はここからが肝心だと気を引き締めた。


 そして次のように続けた。



「そんなことはないでしょう。小川さんあなた自身が書いたものだ。例えばですがお金の状態は6月3日に50万を早坂君に支払い6月3日に10万を早坂君からもらっている。7日、13日、19日、22日、26日、30日にも各々10万づつもらってますよね?そしてたった今、早坂君から薬物反応がでたのを確認した。お前が薬物を早坂君に売ったんだろう!」


 いつも飄々としていた楠田からは想像もつかないほどの怒気どきが含まれていた。


 だが怒気をおさえ話し続ける。


「50万支払って7回早坂君から10万もらっていたら70万。つまり早坂君は毎月20万を借金をしていることになる。354万という数字は早坂君はお前から借金していたということだな?」


 楠田は小川の目をにらみつける。ちょっとした反応も見逃さないといった気迫があった。それを小川は受け流し淡々と答える。


「お金は貸していましたね。でもそれが薬物の取引価格かと言われるとあんまりにも乱暴ではないですかね?」


 楠田は憤慨していた。あまり怒った表情をださないのだが早坂という若者の未来を奪ったことが許せなかった。


「若者の未来と夢と可能性をすべて奪ってしまったという自覚があんたにはないのか!」


 そう言われて小川は心から心外といった表情をみせる。


「若者の未来?私には未来なんて初めからなかったが?」


と小川は自嘲気味に笑った。


 冷たい目をしながら小川は自分自身の過去を話しだしたのだった。

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