第13話 才能の方向性

 夜、楠田刑事と江口刑事の2人が正樹の部屋を訪れる前のこと。



 任意同行に従った早坂はその後すぐ警察署内で楠田と江口の2人に取り調べを受けていた。


「なんで小川の贋作作りに協力したんだ?」


 楠田は飄々ひょうひょうと質問する。不貞腐ふてくされた様子の早坂は黙っていた。話をしてくれなければ何も分からない。


 楠田は質問の切り口を変えることにした。


「喧嘩の原因は?」


 黙り続けていた早坂は渋々しぶしぶといった表情を浮かべつつ話し出した。


「あいつは……柏は構成、ライン、デッサン、パース、バランスをひとつひとつ見たら欠陥だらけだよ。よく大学受かったなってレベルのな。だから馬鹿にしてたんだけど小川のとこの倉庫で放置されてた作品でこれはってのがあったんだ。」


早坂は下を向いて拳を握りしめ肩を震わせていた。


「名前を見たらあのダメ柏の絵だった。すべての基本が欠点だらけなのにあいつの描いた絵は俺よりはるかにうまかったんだよ。その時の絶望と憎しみとあいつができるようになったらと思った時の俺の恐怖があんたらに分かるか……?色彩感覚だけはあいつは天才なんだ。」


 拳を机の上にたたきつけ不満を述べる。


「でも君は教室で柏君と喧嘩してるとき確か色彩も否定してたよね?」


と楠田は喧嘩の様子を思い出しながら尋ねる。


「嘘を信じ込ませるなら、たくさんある本当の事実に紛れ込ませるのが一番いいと思ったからさ。作品のどこがいいかあいつは自分自身で分かってないようなものだからな。何も才能がないと思ってくれてた方が都合がいい。」


「君がことあるごとに柏君に喧嘩を売っていたのは同級生に聞いて知っているがなぜそこまでしたんだい?」


 喧嘩を売るなら何かしら原因があるものだがと思い素直に楠田は早坂に質問をぶつけてみた。


「刑事さん。今まで馬鹿にしてたやつが俺よりできるなんて事実耐えられるかい?そもそもあいつに許してもらおうとは思わない。いや、なにより俺よりうまいなんて俺自身が許せない。だから柏の絵を小川の倉庫で見て以来あいつをつぶしてやろうと思ったんだ。」


 早坂の目には狂気の青い炎が灯っているかのようだった。


「贋作は小川の方が言ってきたんだ。実力を知りたいから模写してくれってな。俺は最初はもちろん断ったよ。でも柏の絵を見て俺の絵じゃ勝てないと思った。一生かかっても勝てなければ俺の絵は金にはならない。」


 楠田は深いため息をつく。


「君はなぜ自分の力を信じなかったんだい?君は自分の可能性すらも自分で否定してしまったんだよ?」


 そう言われると早坂は自分の頭をかきむしり、両手で2度机を叩いた。


「頭から離れないんだ。あの柏の描いた絵が。忘れられない。あんなでたらめな奴の絵が記憶に残るなんて屈辱だ!自分の努力がすべて否定されてるように思った。だから許せなかった。あんな奴死んでくれればいい。」


 楠田は江口に薬物の検査の準備をするようにとさりげなく耳打ちした。


 早坂はぶるぶると体を震わせ、頭と机を何度も叩き怒りを爆発させた。


「たった1枚の絵でなぜそこまで思いつめたんだ。」


と思わず楠田は聞いていた。


「基礎は続ければ誰もが一定のレベルまで到達する。構図も何もかもが完成された絵にあいつ自身の感覚で色を塗った絵を、俺は良いと思ってしまった。そう思ってしまったんだよ。それがあいつに死んでほしいと思った理由のすべてだ。」


 早坂は悔しさのにじみ出た声でこうも言った。


「あいつに勝てないなら手っ取り早く稼ごうと思った。ばれなきゃいいと思った。小川が失敗して逮捕されるなら全部自分ですればよかったよ。 小川はあの絵はオリジナルにちっとも似てない。別の作品にしか見えない。贋作としては売り物にならん。3万円返して欲しいくらいだとかぼやいてたからな。小川の芸術家としての目は節穴ふしあなだよ。だからこそ贋作がんさく描かせて年寄り騙そうなんて考えたんだろうな。」


と頭から小川のことを馬鹿にしていた。


 聞けることはすべて聞いたと判断した楠田は裏を取るぞと江口を呼び車に乗り込み正樹のアパートへ向かう。



 そして正樹のアパートに話しに行き正樹は絵が描けなくなるかもしないと恐怖していたわけだった。



 話がすべて終わりよかったと安堵あんどしていた正樹のアパートからでてきた江口は楠田に聞いてみた。


「なんで早坂の言ってたことを教えてあげなかったんです?」


「柏君の才能を恐れていたよ。きみには才能があると早坂は言っていたよ。


そういうのかい?」


「ええ。本人自信がつくんじゃないですか?」


空を見上げ楠田は話す。


「たきつけるのは簡単さ。君には絵の才能がある。がんばれって。かといってあの早坂の狂気を話すのは少々気が引ける。それに他人の絵をもとにして素晴らしい作品が描けたからといって君はできるよって勧めるのは本人のためになるのかい?」


江口は言葉に詰まる。


「柏君に才能があるのは色彩感覚。でもこの才能はカラーコーディネーターで講師ができるかもしれない。ファッション関係、デザイナー、広告業界もいけるかもしれない。ソムリエなら赤ワインの色で時代や年代を判断できるかもしれない。変わりどころでいったらマグロの尻尾の切口の色を見てどれがおいしいか判断できるかもしれない。世の中には色んな職業があるしなぁ。」


「そういう方向性もある訳ですね。」


「そう、それに若ければ色んな可能性がある。そりゃぁ絵の世界に入って芽がでて認められれば一番いいさ。でもゴッホを代表にして不遇の画家が多いのも事実。弱音をはいても絶望してもそれでも前に進んでいけるのは自分で決断すればこそだ。だから俺が言えるのはあの一言くらいだなぁ。」


「難しいもんですね。」


「まぁなぁ。無駄話はこれまで。次の裏取りにさっさといくぞ。」


「はい、了解です。」


2人の刑事は再び車に乗り次の場所へ向かうのだった。

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