第12話 刑事の勘

 その時ピンポーンと玄関のインターホーンが鳴った。正樹は心臓が止まるかと思った。


 このまま出ないで居留守を使おうかと思った。だがしつこく玄関のインターホンは鳴り続けた。


 根負けして正樹は玄関を開けた。そこには昼間大学にやってきた2人の刑事、楠田と江口が立っていた。


「すみません。こういうものですが。」


と言って警察手帳を取り出した。


 正樹はもう心臓がバクバクいっているし目は回るし頭はカーッと血が上って熱くなるし手の震えは止まらなかった。


「な、なんでしょうか?」


と焦ってどもってしまいつつも聞いた。


「あの~。小川画廊ってご存知です?」


いよいよ雲行きは怪しくなってきた。


 正樹は自分が絵を描いたことを警察が知っているのか?自分も捕まってしまうのか?自分が贋作を売るために絵を描いてしまったなんて知らなかった。


 誰かに助けて欲しい心境だった。


 警察にどういえばこの場を切り抜けられるか?そればかりを考えていると


「あの~ご存知です?」


「は、はい!……あっ。」


 正樹は知らないというか考え中だったのと混乱したので思わず知っていると答えてしまっていた。


 しかも思わず「あっ」と声をあげてしまい、そのあとに「知らないです。」とはさすがに言えなかった。


 失敗したと後悔した。

 


 だが刑事はあんまり気にしてないようで言葉をつづけた。


「小川さん贋作売ってましてね。何かご存じないかと思いまして。」


「はぁ。今ニュースで見てたところです。」


「ではちょっと確認なんですけどお気を悪くされないでくださいね。あなたは小川さんの依頼で絵を描きましたか?描きませんでしたか?」


 正樹はちょっと考えた。絵を描いたと答えたら、いやこれが元で捕まったら絵が描けなくなるんだろうか?と漠然と思った。


 何を描いても贋作を描いてたやつだと言われるんだろうか?


「あ、あの実は僕は……」


と正直に答えようとしたところだった。



 ところが楠田は手帳を見ていて、正樹の声が届かなかったらしく反応の遅い正樹にしびれを切らしたのか核心をついてきた。


「裏帳簿にあなたに3万円支払ったと記録がありましてね。小川の家を家宅捜索してみるとあなたの名前の入った絵があった。それでこうしてあなたにお話を伺いにやってきたというわけなんですよね。」


 正樹は捕まるんだと覚悟した。警察は正樹が描いた絵もしっかり見つけている。さらに悪いことにはお金をもらっているのも知っている。


 観念するしかなかった。


「はい。僕が描きました。でも、僕は実力をみたいからこれを模写してと言われて描いただけです。まさか僕は贋作として売られるなんて思わなかったんです。1回しか描いてません。だからなんでこんなことになっているのか。なにがなんだか訳が分からない。」


と正樹は本当に泣きそうだった。このまま逮捕されるのだろうか?両親にはなんていえばいいんだろうか?大学は退学になってしまうのだろうか?


「絵が描けなくなるかもしれない。」


とただその言葉だけが頭の中をぐるぐると回り続けていた。


 楠田は正樹をなだめようと肩を軽くぽんぽんとたたき


「いや、興奮なさらないで、我々はただ確認にきただけですから。」


「確認?」


「小川さんはあなたに絵を描く依頼をし3万円を支払い絵を買った。絵を贋作として売ろうとしたがあなたの絵は誰も買わなかった。いや、そもそも売ろうとさえもしてませんでしたよ。つまり、事実関係はあなたが描いた絵を小川が買った。これだけのことなんです。」


「えっ?」


正樹は狐につままれたような顔をしていた。


「地下の画材倉庫の中でほったらかしにされていました。それを我々が見つけ裏帳簿にある内容が本当かどうか確認を取りに来たという訳です。なので、まぁあなた捕まるんじゃないかと身構えていますけどそんなつもりはないのですよ。」


 その言葉を聞いて正樹は安心して体の力が抜けた。


 体が左に傾いて壁に寄り掛かった。


「大丈夫ですか?」


と江口は心配そうに聞いてきた。


「大丈夫です。ちょっと安心して力が抜けました。」


と正樹は肩をなでおろした。



「柏君は小川に実力を見せてくれと言われ描いたはずだ。模写と言えば確かに模写だった。だがあれは柏君が本物をみて感じたものをより強調し自分自身の作品として昇華した言葉通り実力を示した作品だった。だからオリジナルとは似ても似つかない絵になった。」


「えっと、それは?」


「うん、まぁ、だからあなたの作品は模写じゃないんですよね。あなたの絵を見て全然違う絵じゃないかって小川が愚痴ってました。『あんな絵じゃ贋作として売れる訳がない。』とね。私も見て思いました。贋作としては売れないだろうと。」


 結果として良かったのだが絵が売れないと言われ正樹はちょっと落ち込んだ。


 楠田はそんなことは気づいてないようだった。


「私もちょっと絵が好きでしてね。私も趣味で描くんですよ。引退したらあちこち旅行して色んな景色をスケッチしたいなと思ってるんですけど。いや失礼、余計なことを。」


正樹はいえいえと頭を下げる。


「そういうことですので今回のことはお気になさらず。」


と楠田と江口は手帳をポケットにしまった。


「でも私の個人的な意見ですがあなたは絵を続けていくと良いと思いますよ。刑事としての勘です。」


 本気なのか冗談なのか分からないし、何を言ってるんだろうこの刑事さんと思ったが容疑が晴れて正樹は安心した。


 では失礼します。といって楠田と江口は帰っていった。


 正樹はどっと疲れがでてドアの鍵を閉め部屋に戻りベッドに倒れこんだのだった。

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