第11話 3万円は高いか安いか?
突然の警察官の登場にざわつく教室。
正樹は自分が逮捕されるのかと身構えていると、
「えーっと、用事があるのは早坂君なんだよね。ちょっと署までご同行願えるかな。ここで話すのは君も都合が悪いでしょ?」
と楠田刑事が言うと、
「なんで俺が?」
と早坂はしらばっくれたが楠田刑事に耳打ちされると一瞬驚きしぶしぶ2人の刑事と共に教室を出て行った。
ざわざわと落ち着かない教室に佐原教授が入ってきた。
「みんな席につきなさい。静かに!柏君はあとから教員室にくるように。」
と言い、授業は休講になった。
正樹は小一時間程こってり絞られ教室の備品を壊したことの反省文を書かされ、備品は弁償することで落ち着いた。
折れた筆も佐原教授が刑事から受け取っていたようで正樹に返された。
「物は大事に扱いなさい。」
佐原教授からのお怒りはその言葉でようやくおさまった。
休憩時間になり食堂でぽつんと一人周りに取り残されたように黙々と学食を食べているとすすっと明美がやってきて
「正樹は切れると怖いなー。私は気を付けることにしたよ。」
うんうんと手をひらひらさせながら気楽にいつもと同じように話しかけてきてくれた。正樹はもっと怖がられるかと思っていたのでそんなの気にしないよという思いやりに涙がでそうになった。
「いや~早坂に対してむしろよくやったなーってね。気分がすっきりしたんじゃない?」
「うん、思い切ってやってみたらすっきりするもんだね。」
「正樹はずーっと言われぱなしだったもんね~。イライラするところもあったけど。何はともあれこれからどうなるかは様子見かな~?」
「まぁ、そうだね。また言って来たら折れた筆を見せるとするよ。」
「それがよさそうだね。」
と笑いながら答えてくれたのだった。
「でもあの刑事たち、早坂に何の用だったのかしら?」
正樹にとってもそれは確かに不思議に思ったことだった。だが思い当ることは特になかった。
その日の夜、テレビを見ながらカルボナーラを作った。もちろんカルボナーラのソースはレンジでチンだ。
お湯を沸かしてパスタを放りこんで塩いれてゆであがるのを待つ。
チンして出来上がったホワイトソースとパスタの味は最高で卵とベーコンも満足感を演出する。
早坂の嫌がらせもこれからは突っぱねればいい。
気楽に大学に通うこともできそうだし世の中にこんなうまい食べ物があることに感謝しながら食べていると
「小川容疑者は贋作を高値で売りつけていたようです。値打ちある絵ですよと言って売ったなどと容疑を認めておりお年寄りや資産家に言葉巧みに近寄り、贋作を売っていた模様で……」
とニュースキャスターは話した。
正樹は絵の話題が気になってテレビに視線を移した。小川って誰だっけ。聞いたとこがあるなぁと思い注意して見ているとそこに映っていたのは先日、早坂と一緒に喫茶店で話をしていた画廊の男の写真だった。
「えっ、あの画廊って……」
正樹は我知らずつぶやいていた。
1年前のことだった。美術展に作品を出品した。どんな評価を受けるかワクワクしながらもダメだったかもしれないと弱気になったり。
いや、きっと良い評価があるさと開き直ってみたり落ち着かない日々も過ぎ去り忘れた頃に落選という結果を通知されることになった。
だがその後電話で連絡があったのだ。その電話主が今テレビにでている容疑者、つまり小川だった。
「私は柏君が応募したコンクールの審査員だが、今回の結果は誠に残念だったが私個人としては君の絵は実に良いと思う。将来性を感じた。率直に言わせてもらうと君の絵の実力を知りたいので絵を1枚だけ模写してもらえないだろうか?もちろんささやかではあるが報酬も支払おう。」
という内容のものだった。
頭の中が真っ白になった。正樹は喜び勇んで絵を描いてしまったのだ。実力を認めてもらったと思ってしまった。
認めてもらって絵を描いて生きていくのだと希望をもって描いてしまった。この人が贋作を売りつけていた?
あれは実力をみるためではなかったのか?
あの刑事たちが家にもくる?正樹はそう考えると足から力が抜け腰から下が浮いてるような奇妙な感覚を覚えた。足に力が入らず現実感がなくなっていくようだった。
ニュースは続ける。
「お宝発見番組に参加した人で偽物と判断された方たち同士で話をしていたところ小川容疑者から買ったという人が3名もおり相談して警察に被害届を出したのが贋作発見のきっかけとなったようです。」
正樹は呆然としてテレビを見ていた。 認めてもらえるならお金なんてもらわなくても描いていたかもしれない。
正樹は小川容疑者に作品を描いて3万円だがお金をもらってしまっていたのだった。
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