第7話 なんの救世主?

 暑くなってきたのか明美は髪を後ろでまとめ大きめのバンドで纏め上げた。不意に見せられた素肌にどきまぎしてしまう正樹。


 そんな正樹のことを無視して続ける明美。


「うーんとね。大学一年生の時は新しい生活に馴染めなくて前期試験だけでとれた単位8単位のみ。二年生から頑張ったんだけどそれでも四年生で48単位全部取らないと留年確定の学生がいたの。」


「ほうほう、それでそれで?」


と正樹はやってきたホッケの焼き魚をつつきながら明美の話を促す。


「油絵の作品、デッサン、ドローイング。そして卒業制作。全部取らないと留年確定のその学生は授業に出て作品を描き上げた。寝る間も惜しんで課題を頑張り締め切りにぎりぎり間に合わせたらしいの。 一年生の時のその学生の自堕落っぷりを見ていた周囲の友人たちはそのことだけでも奇跡に近いとささやいたくらいなのよ。」


と補足しながら話を続ける。


「さらに他の授業の講義にも出席してるから、その学科試験に受かるかどうか?周囲の人間はこっそりその学生が卒業できるか知り合い同士で賭けが成立するほど注目を集めたらしいのね。」


 ふぅと一息ついて明美はソルティードックを飲み干す。そして手をあげて店員さんを呼びカシスオレンジを頼む。



「正樹も何か頼む?」


「じゃ、僕はビールを一杯。」


「かしこまりました。」


と店員は調理場に戻っていく。


「そんなヤバイ状況になっててその学生はどうなったんだ?ただでさえヤバイ卒業制作があってさらに学科とか勉強する時間あったのか?」


 もちろんそれは至極真っ当な考えだった。受ける授業がありすぎて覚えることも多すぎる。


 油絵、デッサン、ドローイング、目玉の卒業制作。それらを終わらせてさらに学科試験もと考えるとさすがにハードル高すぎに思えた。


「でも眠気を抑えるガム噛んだり、眠眠打破飲んだりしてなんとか眠気を追い払って頑張ってたらしいのね。」


 正樹は忙しさを想像して目がくらみそうになった。


「しかし時間が足りない。学科試験は授業で教授が話していたことから5つほどお題を設定するので、そのお題に教科書やノートから答えになりそうなものを探し文章を作って暗記する。」


 これに2か月くらいかかったらしいと明美は両手をぱっとあげお手上げ状態ををつくる。それを見た店員さんが勘違いして


「何かご注文ですか?」


と聞きに来る。


「いえ、特にないです。頼んだばかりです。ごめんなさい。」


と頭をぺこぺこさげて明美は謝った。


 何やってるんだかという正樹のにやにやした顔も無視して明美の勢いは止まらない。


「いくつかピックアップした文章を丸暗記するしなかい学科もあれば、教科書のみ持ち込み可、ノートのみ持ち込み可、教科書とノートの両方とも持ち込み可という教授の考え方次第で色々なパターンがあったの。」


「なるほど。今も昔もその辺はあんまり変わりがないね。」


とおもわず笑ってしまう。



「寝る間も惜しんで卒業制作、油絵、デッサン、水彩等の実技科目をそこそこの点数で突破したと安心していた。学科試験の対策もしっかり考えてお題にあわせて答えを暗記した。準備は万端かと思われたんだけど……。」


「それでも落とし穴があったと?」


「そう。虎視眈々こしたんたんと大きな口をあけている落とし穴がね。焦る学生はぎりぎりの精神状態で学科試験があと2日で終わるという日を迎えたの。思ったより順調に答案に記入することができていたんだけど前日に必死になって覚えたはずの学科の試験日は本来なら翌日。当日の試験科目は美術史だったの。」



佐原さはら教授の美術史?」


「そそ。その学生は試験科目を見て驚愕したの。勉強する科目を間違えたーってね。留年確定かと諦めかけた。」


「諦めたらそこで試合終了ですからー。」


「まさにそう。さらにはその学生、留年を受け入れると推薦入試でここの大学入ってきてたから自分の母校の推薦枠がなくなってしまうかもしれない。母校に迷惑をかける訳にはいかないと気力を振りぼった学生は試験だけは受けてみようと決心したの。」


「KIAIDA!!]


「運がよければ分かる問題もあるかもしれないと思ってね。でも無情なるかな。学生の知っている問題は一つもでていなかった。」


「それってやばくない?」


「うん。とてもヤバイ。でも何も書かなければ100%単位は取れない。だからやけっぱちになった学生は悩んだ挙句こういう話を書き出したの。」

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