第6話 想像しても分からないこと

 それからの話題はやはり早坂のことになった。


「早坂のやつ、売れない絵に何の価値が?とのたまいやがった!」


 酒の勢いも借りて正樹は早坂への不満をぶちまける。


「早坂は売れない画家の気持ちが分かってないわね。」


「その通り。美術賞とってから早坂は変わったんだよな。売れない絵に何の価値が?とか全ての売れない画家に喧嘩売ったようなもんだ!」


 正樹は拳を握りしめて力説する。正樹はまるで売れない画家の代表者のようだった。


「売れなくても死んだあとに認められた巨匠もいっぱいいるのにね。」


と明美はつぶやく。


「そうだよな。ゴッホだって生きてる間は認められなかった。でもゴッホの作品ひまわり。あんな重厚なひまわりは後にも先にも見たことがなかった。独特の黄色に逞しい生命力を感じたんだ。」


と酔っぱらっているため饒舌になる正樹。


「情熱のままに生きたゴッホ。一緒に絵を描こうと呼びかけたが集まったのはゴーギャン一人のみ。」


 ほとんどの人から誘いを断られたゴッホに正樹は同情した。


「そのたった一人やってきてくれたゴーギャンに『この耳はないだろう。』と作品にケチをつけられたゴッホは自分の耳を切ってしまう。他の人に言われても意に介さなかった可能性もある。だがゴーギャンは自分の呼びかけに唯一応じてくれた人だった。無視できなかったんだろうなー。」


 くぃっとソルティードックを飲み干した明美は頷く。


「作品は自らの全てを注ぎ込んで作るものだしねぇ。」


「うん、だから作品の耳はおかしくない。おかしいのは自分の耳の方だと思った。耳を切るだけならまだしのもその切った耳を女に送った。作品の耳はおかしい耳だけど欠点のある自分のことを愛して欲しいと思った。だから自分のかわりとしてずっと持っていてほしいと考えたとも推測できる。」


「ま、私はその正樹の持論には賛成しかねるけどね。酔っぱらうとその持論ばっかり。私の耳はタコになってるわよ!」


 想像するしかないがそこにあるのは他人には理解できないゴッホの愛と芸術への狂気だと正樹は思う。


「そして信頼をなくし絶望して死んでいったんだぞ!ゴッホは!」


と正樹はいい手をあげて店員さんを呼び食べ物と飲み物の追加を頼む。


「まぁ、そこまで考えるのはポジティブすぎてびっくりしちゃうけどね。」


「あっ。」


と一瞬かたまって正樹の顔色をうかがい


「私に耳なんか送らないでね。」


とのたまった。


「誰が送るか!あほか!」


「念のためね。えへへ。」


「はいはい。分かりやすいデレだね。」


と正樹はあきれるしかなかった。


 明美はグラスの縁についている塩をなめつつソルティードックを飲む。


「まぁ、同情されることをゴッホは望んでないかもしれないけどかわいそうな人よね、実際。」


と深いため息をついた。


「だね。家族もゴッホの絵の価値が分からず、他人に安値で売り買った人が大儲けしてると聞くと何とも言えなくなる。」


と正樹はビールを一気に飲み干し早坂の話を蒸し返す。


「早坂は嫌な奴なんだよ!」


「そうね、でも私には優しいわよ?」


「女の子には優しいのか、あの男は。まじで最低だな。」


と悪口にはことかかない。明美はちょっと真面目な顔をして


「早坂を殺したいほど憎い?」


「な、なんだよ、いきなり。」


と正樹はたじろぐ。


「殺したいならいい方法があるわ。完全犯罪を目指し常に考えて行動するの。勉強するときも絵を描くときもテレビ見てても何か良い殺害方法はないか。色んな本を読んで利用できるトリックがないか考える。そして何かパッと閃き思いついたなら……。」


「思いついたなら?」


と先を促す正樹。


 明美はソルティードックを握りしめ


「思いついたらおもむろにパソコンを立ち上げワードを起動。殺害を考えてた時の心理状態、完全犯罪を思いついた時の喜び、そして準備することや実行したときの注意点や問題点を箇条書きにするの。それができたらその計画を実行したときに予想される問題点に気付いた探偵に推理させて事件を解決した小説を書いてミステリー大賞に応募するの!大賞間違いなし。そしてその賞金で海外旅行!」


「あほだ~。あほがおる~。ちょっとでも真面目に期待してた僕が馬鹿だった。一応、ツッコミいれておくと気の長い話だなー。」


と正樹は笑うしかなかった。


「でも殺人犯になるよりは良いと思うの。」


とまた真面目な顔をして正樹を見つめる明美。酔った正樹はそんな明美の視線に気づかず


「僕がなりたいのは画家で小説家じゃない。ここ一番大事なところだから2回言いたいくらいの勢いだからな!」


とビシッと指をさして指摘した。


 明美はため息をつきつつ


「そんなつれないこと言ってるとトイレの救世主、佐原さはら教授を連れてくるわよ?」


「何、トイレの救世主、佐原教授って?」


と何のことだと興味津々の正樹に明美は教えてしんぜようと笑みを見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る