ガラス越しの月

Snog

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クリスマスは終わり、子供たちがいつかゴミになるプレゼントと戯れているころ、


今年の仕事がすべて終わろうとしていた。


「これで今年も終わりか、終わりじゃないんだろうけど」


苦笑いを一つして、私は書類の提出に行った。


「課長、終わりました」


課長は書類を手に取り、乱雑に紙をめくった。


「君はいつになったら仕事を覚えるのかな?行をそろえてない、ここは誤字。何回も指摘してきたよね?」


課長は呆れることにも飽きたようで眉一つ動かさず言った。


「すいません!今すぐに訂正します。お手数おかけしました」


書類を取って、デスクに戻ろうとした時だった。


「あー、やらなくていいよ。どうせまたミスるから僕がやるよ」


「でも、、」


「『でも』じゃないよ、指摘したところでミスが増えて帰ってくる。君には失望した、もう帰ってくれ」


課長はNOを言わせるつもりはないようだ、私は少ない荷物を鞄にしまい会社を出た。


――――――


数日ぶりの帰宅、しかし足は弾まず鉛がついたように重かった。


物音ひとつしない駅のホームは私の気持ちを代弁している。


電車に乗り、街灯の少ない道を通り家に着いた。


郵便受けには退居と書かれた紙がたまっている。


「ただいま」


かつては返ってきた明るい声は聞こえなかった。


靴を脱ぎ、リビングに続く廊下をゆっくりと進んだ。


―リビングには少女の死体があったー



ハエがたかり蛆が食べ腐敗臭がする。しかし不思議と腐敗臭がいやだとは思わなかった。甘い匂いさえした。


「帰ってきたよ。ごめんね、最近帰りが遅くて」


私は蛆まみれの少女の頭をそっと撫で、脱衣所へ連れて行った。


服を脱がし、少女の素肌をあらわにさせた。


蛆に食われたはずのその肌は全盛期の衰えを失わずガラス細工のようだった。


しかし、ガラスは欠け色も赤黒く染まっている。


私が悪い、罰が必要、甘い甘い罰が。


ポタポタ、手首からは後悔と憎悪が垂れ始めた。


命を削る感触は私に快感をもたらした。


少なくなる命を感じながら足りないものを感じていた。


なぜ娘を殺してしまった?


感じ取れていた幸せは今では過去のものとなった。


「あの子に会いたい。。。。。。。。。。。。。。。。。。。」


悲しいことか自ら失ったものを望んでいた。


「死ねばあの子に会えるかな?」


きっと会えないだろう、会えたとしても手にかけた私に、見せる顔なんてものはない。


でも、気づけば足は向かっていた。


娘をベッドに寝かせ、ベランダに立っていた。


寒いはずの風は髪をなびかせるだけの小道具だ。


「今からそっちに行くからね」


許してなんてくれないだろう、私は逃れたいだけなのだ。


社会へ適合できないこと、娘を手にかけてしまったこと。


結局は娘を理由にして死にたいだけなのだ。


最後まで最低な母親だ。


―娘、今夜の月はきれいだったよー


―私、明日の月もきっときれいだねー

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ガラス越しの月 Snog @hima_tansansui

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