第4話 ミルクプリンを食べよう
「はぁぁぁ。美味しいですぅ。口の中で甘いプリンがとろりと溶けていきますわ。まるで甘い雪を食べているようですね。それに、いつも飲んでいる牛乳よりも濃い味がします」
「生クリームを入れたからね。乳脂肪分が多いから濃いんだと思うよ」
「ですよね。それに、蒼下さんが泡立てた生クリーム! ふんわりとした食感なのに、濃厚で、甘くて、蒼下さんの愛を感じますわ。生クリームを作るのもお上手なのですね」
「生クリームに砂糖を加えて泡立てただけだけど?」
「ご謙遜を」
「まあ、泡立てすぎると、ぼそぼそに固まっちゃって美味しくなくなるから、泡立てすぎないよう気をつけたけど……」
「そこが職人技ですわ。さすが、蒼下さん」
「そういうわけでもないけど……。でも、一番は、材料の生クリームが霧里牛乳の生クリームだから美味しいんだと思うよ」
「生クリームはミルクプリンの添え物だと思ったので、少ししか絞り出さなかったことが悔やまれますわ。あの袋ごと、口の中に流し込みたい気分ですわ」
「私が帰ったら、好きに食べればいいんじゃん? 私は、霧里さんがお味見と言って生クリームを全部食べてしまうかと思っていたんだけど?」
「そ、そんな、ことは………考えつきませんでしたわ。今から食べてもよろしいでしょうか?」
「生クリームだけ? それは、さすがに甘いんじゃないかなー」
「では、牛乳にのせてみるというのはどうです? 牛乳に、生クリーム、おいしそうな気しかしませんわ」
「私ならウインナーコーヒーにするかなー」
「ウインナーコーヒー? 蒼下さん、コーヒーにウインナーを入れるのですか? それは斬新な飲み物ですわね」
「そっちのウインナーじゃない。コーヒーに生クリームを蓋のように浮かべたコーヒーでウイーン風コーヒーって意味なんだけど?」
「それは、アインシュペンナーですわね?」
「アインシュペンナー?」
「ええ。でも、アインシュペンナーのコーヒーって苦くありません? わたくし、少し苦手ですわ。先に生クリームだけを食べてしまうと、苦いコーヒーだけが残ってしまって、いつも木島に行儀が悪いと怒られてしまいますの」
「霧里さんって意外におこちゃまなんだ……。笑えるかも。じゃあ、牛乳を温めて、ホットミルクにして、その上に生クリームと、シナモンかココアをのせればいいんじゃない?」
「それは、想像しただけで美味しそうですわ。蒼下さん、蒼下さんにはアインシュペンナーを、わたくしにはホットミルクを、作ってくださいませ。コーヒーの豆とミルはその戸棚の中にはいっていますから、使ってください」
「おっけー! ミルってこれ? やだ、かわいい。よくお店で見かけるやつじゃん」
「父様の好みで、プジョーのノスタルジーですわ」
「へー。よくわかんないけど、たかそー。豆は、この缶のものを使えばいいの?」
「ええ。それを挽いてお作りください」
「私、豆を挽くなんて初めて。こうやって、ゆっくりと豆を挽くとコーヒーのいい匂いがするんだね。すっごく贅沢している気分」
「ふふ。時間は限りなくありますからね。コーヒーの香りを楽しんでいる蒼下さんも素敵ですわ」
「……、ペーパーフィルターってどこにある?」
「戸棚の引出しのどこかにあると思いますが、探してくださいな」
「(ゴソゴソ)…………、あっ、………、痛…」
「蒼下さん! どうなさって?」
「やばっ。 絆創膏ある? 引出しをゴソゴソしていたら、人差し指の先を、紙かなにかで切ってしまったみたい……」
「(キラン!) そ、その指、わたくしが……、舐めて差し上げますわ」
「いや、いいし……、て、舐めてるんじゃん!」
「…………」
「き、き、霧里さん、もう大丈夫!! ちょっと切っただけだから、もう止まったよ? ねえ、舐めるのをやめてほしいんだけど……」
「(ちゅっちゅっちゅっ) もう少し、いただいてもよろしい?」
「は?」
「蒼下さんの血は、想像していた通り美味しい血でしたの。なので、もう少し、味わいたいのですが、ダメですか?」
「イミフなんだけど?」
「ほんの少しでいいのです」
「なんで? 血が欲しいなんて、蚊か吸血鬼みたいじゃん。冗談はやめてよ」
「冗談ではありませんわ」
「はい? 霧里さん、実は吸血鬼だったとかいうオチ? それとも、転生前は蚊だったとか? それは、いくらなんでも小説の読みすぎじゃん?」
「そんなことありませんわ。わたくし、吸血族ですの」
「へ? なにそれ」
「ヴァンパイアといえばいいかしら?」
「だいたい、吸血鬼って、架空の生き物っしょ」
「わたくしは、蒼下さんの目の前に存在しておりますわ。触ってくださって構いませんよ?」
「触っていいって…………」
「胸でもお尻でもどこでも構いませんわよ?」
「そんなことしないし! 病気のせいで、日光に弱くて療養生活が長かったって言ってたでしょ?」
「それは、N高に通うために木島が適当に言っただけですわ」
「はあ?」
「人間社会に紛れるためには、多少の嘘は必要ですわ。でも、わたくし、誰でも彼でも襲って血を貪る鬼ではありませんから、安心してください」
「吸血鬼なのに?」
「わたくしの一族は霧里牛乳という血の代わりになるものに出会いましたの。それを摂取することで、吸血したい衝動を抑えてますわ」
「それで、いつも牛乳を飲んでいたんだ」
「ええ」
「じゃあ、なんで、私の血を?」
「霧里牛乳を飲んでいるからと言って、血を全く飲まないわけではありませんのよ? 普段は、病院から送られてくる味のしないパック血を飲用してますの」
「輸血用血液ってこと?」
「でも、やはり、愛する者の血をすすりたいと思う衝動には勝てませんわ。蒼下さんはわたくしの運命の相手なのです。ささ、わたくしだけを見て、そして、血を――(ごくり)」
「無理!!!!!」
「どうしてですの?」
「怖いじゃん!」
「怖くありませんから」
「嫌だ」
「死んだりしませんから」
「死ぬとか無理! ぜーたい無理! 何が何でも無理!」
「痛くもかゆくもありませんから」
「無理! …………、そ、それに、私達、友達じゃん!? 友達の血を吸って、罪悪感とかないの?」
「わたくしが、蒼下さんの友達?」
「決まっているでしょ? じゃなきゃ、学校でつるまないし、遊びにも来ないわよ。それに、霧里さんのことをもっと知りたいなんて思わないわよ」
「ふふふ。嬉しいですわ。蒼下さんにとってもわたくしは特別なんですね? やはり、蒼下さんはわたくしの運命の相手なんですわ。……、ただ、わたくしのことがわからないから血を与える勇気がでない。……ええ。やっとわかりましたわ。蒼下さんの拒絶は、未知のものに対する恐怖なのですね」
「?」
「ささ、わたくしのことをもっと知ってくださいませ。わたくし、いつも牛乳をのんでいますから、胸には自信がありますよのよ?」
「な、なに、脱ぎ始めてるの!? もう、ブラウスのボタン、外さないで!」
「ですから、わたくしのことをもっと知ってもらおうと思いまして……」
「そういう意味じゃない! もっと内面的なものよ。何が好きとか、そういう話」
「わたくしが好きなのは、霧里牛乳と蒼下さんですよ?」
「……………………………………、ぷぷっ」
「蒼下さんどうなさったのですか? 笑いだして……」
「なんかさ、霧里さんは霧里さんなんだなぁって思っちゃった」
「?」
「血をくれっていうから、怖くなって逃げようと思ったけど―」
「蒼下さんがどこに隠れても見つける自信がありますわ」
「て言うと思った。でも、私がいいよって言わない限り、血を吸うことができないんでしょ?」
「そういうシステムになっていますの」
「そう聞いたから、ちょっと怖くなくなったかも」
「それはよかったですわ」
「でも、もし、我慢できなくなって襲ったら?」
「蒼下さんの体に歯を立てた途端、わたくしが灰になりますわ」
「さっきのは?」
「傷口の血を舐めただけですから、問題ありませんわ」
「じゃあ、霧里さんが私を傷つけて血を舐めるってことは?」
「ありえませんわ。わたくし、『待て』はできますもの」
「よかった。……………、じゃあ、友達続行ね」
「?」
「言ったじゃん。霧里さんのこと、友達だって。学校で一緒にお弁当を食べたり、遊びに行ったり、笑いあったり……そんなことする友達」
「蒼下さん!!」
「くっつかないの! 腕に胸があたってるし!」
「ふふふ。蒼下さん、真っ赤ですわよ?」
「…………、もぉ! ウインナーコーヒーとホットミルクを用意するから、離れて!」
「ふふふ。わたくし、蒼下さんが運命の相手で本当によかったです。
美味しいスイーツは食べられるし、いちいち反応が可愛らしいし、わたくしを拒絶しないでくださったし、……………………………………、これからもよろしくお願いしますね。わたくしの蒼下さん♡」
◇◇◇◇(
キッチンからは、コーヒーの苦い香りととホットミルクの甘い香りが漂ってきた。
わたくしの心を離さない”牛乳のような甘い香り”がする
「わたくし、いつか、貴女の血をいただける日が来れるよう頑張りますわ」
わたくしは、口の中にわずかに残る彼女の血の味を忘れないよう、頭と体で記憶した。
おしまい
吸血姫は『みるく』をご所望です! 一帆 @kazuho21
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